日本大百科全書(ニッポニカ) 「マルス」の意味・わかりやすい解説
マルス
まるす
Mars
古代ローマの古い軍神で、のちギリシア神話のアレスと同一視された。また、のちには火星のヨーロッパ名ともなった。ラティニィ人の間では古くはマウォルスMavorsといわれ、オスク人やサビニ人の間ではマメルスMamersとよばれた。マルスをめぐる古い伝説としては、オウィディウスの伝えるアンナ・ペレンナ祭の起源譚(たん)しか残されておらず、マルスとウェヌスの恋など多くの話はアレスに関するギリシア神話に基づく。
軍神としてのマルスの崇拝は古く、ヌマ王によって設けられたその神官団サリイは、ローマ人に戦(いくさ)の時期の始まりと終わりを告げるため、毎年3月と10月に武装して踊り歩いた。また10月15日には「マルスの馬場(カンプス・マルテイウス)」で二頭立ての戦車競技が行われ、勝者の馬が彼に捧(ささ)げられた。そのほか2月と3月に戦車競技Equirriaが、3月にラッパ祭Tubilustriumが、10月に武具の祭りArmilustriumがそれぞれマルスをたたえて行われた。マルスはまたその戦闘力によって土地の保護者ともなった。農業をつかさどる神官団アルウァレスは、「荒ぶる神マルス」に祈願して害敵の侵入に備えたのである。狼(おおかみ)がマルスの聖獣であることから、この神は狼に養われたふたごロムルスとレムスの父とみなされた。そしてロムルスの建国伝説の発展とともに、軍神はアウグストゥス時代においてローマ人の祖先として崇拝されるに至った。これは、同じくローマ建国の祖アエネアスの母ウェヌスが、その時代に国の重要な神になったことと並行している。
[小川正広]