エッダ,スカルド詩とならんでアイスランドに残された古ノルド語による散文の物語。サガは〈語り〉〈語られたできごと〉〈物語〉を意味する。エッダが北ゲルマン人の間に伝えられた韻文による神話と英雄伝説であるのに対し,サガはアイスランド人が散文によりアイスランド植民(870ころ-930ころ)前後の事情,定住後の国内生活,海外でのバイキング活動,同時代の首長らの争いなどを,12~13世紀の文献記載時代に入ってから簡潔な文体で年代記風に記したものである。サガの記録については,口承伝承を正確に記載したとする説と,作者の創作的部分が多いとする説とがある。なにぶん対象となった時代と記載した時代が200~300年もへだたっているので,そのまま史実とすることはできないことに注意しなければならない。長短百数十編にものぼり,さまざまな内容を含むサガの分類には,時代や内容によるなど種々の方法があるが,ヤン・デ・フリースの《古代北欧文学史》の分類を参考にしながら,次の四つに分類するのが便利であろう。(1)宗教的学問的サガ,(2)王のサガ,(3)アイスランド人のサガ,(4)伝説的サガ。
〈宗教的学問的サガ〉はアイスランド植民の最も正確な記録で,キリスト教改宗以前の北欧の伝統的な生活形態をそっくり移した植民者の信仰,文化を生き生きと伝えてくれる《植民の書》,アリ・ソルギルスソン(1068-1148)の870年から1120年までのアイスランド略史《アイスランド人の書》,キリスト教改宗を扱った《キリスト教徒のサガ》,ストゥルルング一族をはじめとするアイスランド豪族社会末期の諸豪族の血で血を洗う抗争を描いた歴史《ストゥルルンガ・サガ》を含んでいる。
〈王のサガ〉の舞台はアイスランドの国外で,主としてノルウェーやデンマークの王侯の事跡を扱っている。これに入るもののうち最大のものはスノッリ・ストゥルルソンの書いた膨大なノルウェー王朝史《ヘイムスクリングラ》である。その序章の〈ユングリンガ・サガ〉はノルウェー王家の系譜を神代から説きおこし,以下につづく16のサガで一人一人の王の生涯と事跡とを語る。ハーラル1世(美髪王)の統治していた860年からマグヌス・エルリングスソン王の1177年までの約300年間を扱っている。スノッリは従来の聖者譚のもつ誇張と不正確を排し,できるかぎり正確な歴史を明澄な文体で生き生きと描いている。この大作のほか,バルト海をのぞむ海岸の要塞ヨームスボルグを根拠地にして無敵を誇ったデンマークのバイキングたちの活躍を述べた《ヨームのバイキングのサガ》,1000年前後の北アメリカ大陸やグリーンランド発見を語る《赤毛のエイリークのサガ》と《グリーンランド人の話》などが〈王のサガ〉に含まれる。
〈アイスランド人のサガ〉は,植民時代から11世紀はじめにかけてのアイスランド人を主人公とし,質量ともにサガ文学中の圧巻ともいえるものを含む。《エギルのサガ》は,アイスランド中世切っての英雄で同時に第一の詩人とされているエギルの,祖父から4代にわたる一族の波乱にとんだ生活の記録であり,エギルの代表的な自作詩がちりばめられている。《グレティルのサガ》は無口で荒っぽくけんか早い性格の剛勇グレティルが不運につきまとわれ,追放生活を送るうち,ついに追手に襲われ凄惨(せいさん)な死をとげる話。《ラックサー谷の人々のサガ》は珍しくも女性を主人公とし,4度も結婚しながら結局最愛の者と結ばれることのなかったグズルーンが,その最愛の者をみずから死に追いやるすさまじいなりゆきを深い共感をもって描く。対立する首長らの抗争を異教時代の習俗や幽霊話などを織りまぜて書く《エイルの人々のサガ》。友情と復讐の物語で小泉八雲も絶賛した《ニャールのサガ》。これらの5編を普通〈五大サガ〉と称しているが,このほかにもすぐれたサガが多い。
〈伝説的サガ〉は上の〈アイスランド人のサガ〉とちがい,リアルな史実を核とせず,英雄や伝説的人物の奇想天外な冒険を内容としている。したがって文体はどぎつくなり,誇張にみち,くどくなる。これに属するものは30編あまりもあるが,その中から数編を選ぶならエッダの中のボルスング一族を扱い,しかもエッダの欠落部分を補ってくれる《ボルスンガ・サガ》は貴重である。デンマークの英雄を扱った《ロルブ・クラキのサガ》は古英詩《ベーオウルフ》と共通の部分をもち,北欧伝説の比較研究に好個の材料を提供している。《ノルナゲストの話》は齢300歳という王ゲストにシグルズ(ジークフリート)をはじめ幾人かの英雄伝を語らせたもの。《ラグナル・ロズブロークのサガ》は《ボルスンガ・サガ》の続編をなすもので,デンマークのバイキングの首長ラグナルの事跡と死,息子らによる仇討を内容としたロマンティックな作品である。
このようにアイスランドのサガは,時代が下るにつれて,五大サガのもつ雄勁な文体を失い,空想的な要素が多くなり,中世末期にはヨーロッパ大陸の騎士小説の翻訳やたわいのないメルヘンの流行をみることになる。
執筆者:谷口 幸男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
エッダ、スカルド詩と並んでアイスランドに残された古ノルド語による物語。サガは「語り」「語られたできごと」「物語」を意味する。エッダが北ゲルマン人の間に伝えられた神話、英雄伝説の歌謡の集成であるのにひきかえ、サガは力強い散文により、アイスランド植民(870~930ころ)前後の事情、アイスランド定住後の国内生活、海外でのバイキング活動、同時代の首長らの争いなどを年代記風に記したものである。長短百数十編にも上るサガの分類には、内容によるものや、時代による分け方などさまざまあるが、ヤン・デ・フリースの『古代北欧文学史』を参考にして、「宗教的学問的サガ」「王のサガ」「アイスランド人のサガ」「伝説的サガ」の四つに分類するのが便利である。「宗教的学問的サガ」は、アイスランド植民のもっとも正確な記録である『植民の書』、アーリ・ソルギルソン(1068―1148)のアイスランド略史『アイスランド人の書』、キリスト教改宗を扱った『キリスト教徒のサガ』、スツルルング一族をはじめとするアイスランド共和制末期の豪族たちの確執を叙述した歴史『スツルルンガサガ』を含む。「王のサガ」は、アイスランドの国外が舞台で、主としてノルウェーの王侯の事績を内容とする。このうち最大のものは、スノッリ・スツルソンの書いたノルウェー王朝史『ヘイムスクリングラ』である。序章の「ユングリンガサガ」でノルウェーの王家の系譜を神代から説き起こし、以下16のサガで一人一人の王の生涯と治世を語る。ハラルド美髪(びはつ)王(ハラルド1世Harald Ⅰ。?―931?、在位885?~931?)の統治860年から、マグヌス・エルリングソン王の1177年までの約300年を扱っているが、従来の聖蹟譚(せいせきたん)の誇張と不正確を排し、歴史と人物の真実を生き生きと描いている。このほか、ヨームスボルグを根拠地にしたデンマークのバイキングたちの活躍を扱った『ヨームのバイキングのサガ』、北米大陸やグリーンランド発見を語る『赤毛のエイリークのサガ』『グリーンランド人の話』などが「王のサガ」に含まれる。「アイスランド人のサガ」は質量ともにサガ文学中の圧巻といえる。このうち『エイイットル・スカットラグリームスソンのサガ』は、中世きっての英雄で第一の詩人とされる主人公の、祖父の代から4代にわたる一族の波瀾(はらん)に富んだ記録である。『グレティルのサガ』は、無口で荒っぽくけんか早い性格のグレティルが、不運につきまとわれ、追放生活のすえ凄惨(せいさん)な死を遂げる話。『ラックサー谷の人々のサガ』は、四度も結婚しながら、ついに最愛の者と結ばれることのなかった女性の執念を描く。また、対立する首長の抗争をめぐる『エイルの人々のサガ』、友情と復讐(ふくしゅう)の物語『ニャールのサガ』があり、これらを五大サガと称しているが、ほかにも傑作は多い。「伝説的サガ」は英雄や伝説的人物をかなり興味本位に扱ったもので、ニーベルンゲン伝説を内容とする『ボルスンガサガ』、デンマークの英雄を主人公とする『ロールブ・クラキのサガ』などがある。
[谷口幸男]
『谷口幸男著『エッダとサガ』(1976・新潮社)』▽『谷口幸男訳『アイスランドサガ』(1979・新潮社)』▽『菅原邦城訳・解説『ゲルマン北欧の英雄伝説』(1979・東海大学出版会)』
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…これに対し,当事者の自由意志を基本とする宮廷風騎士道物語の視角からこの伝説を取り上げ,主人公の行動よりは心理分析に熱中し,媚薬の役割を象徴的なものに変えた試みが,フランスのトマThomasによってなされる(1158‐80?)。オックスフォード写本《トリスタン佯狂》(12世紀末?),ノルウェーの修道僧ロベルトの《サガ》(1226),ドイツのゴットフリート・フォン・シュトラスブルクの《トリスタン》(1205‐10?)はトマの流れをくむもので,〈騎士道本系統〉と呼ばれる。 この衝撃的な情熱の物語は,円卓騎士物語とからみ合ったり,数々の模倣あるいは批判の作品を生み,後世に伝わっていくが,そのなかでも最も大きな影響を及ぼしたのは,昼の常道と夜の情熱の相克を歌い上げ,この題材から象徴主義の神話をつくり出したR.ワーグナーの楽劇であった。…
…一方スカルド詩(スカルドとは〈詩人〉の意)は極端に複雑な韻律とケンニングと呼ばれる隠喩を多用して技巧を誇示し,ノルウェーその他の王侯にささげた頌詩(しようし)を中心にする(作者が知られる作品が大多数)。散文学は数百編のサガによってアイスランド文学の代名詞となっている。祖先の出自に対する系譜的関心,近隣諸民族の歴史に関する強い興味が文学としてのサガを発生させることになった。…
※「サガ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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