世界市民主義,四海同胞主義,万民主義などと訳される。コスモポリタニズムは元来必ずしも現実の改造や変革を目ざすものではなく,個人がその属する民族,国民,国家などに特有な価値観念や偏見をすてて,全人類を同胞とみなす人生論的な立場と解される場合が多い。
社会的には自己の生活圏が世界的規模にまで拡大した場合,または各種の社会集団の激しい対立により,平和状態が強く希求されるような場合に出現する。思想史的にみると,古代ギリシアでは前4世紀にキュニコス派のディオゲネス(シノペの)やその一派がみずからをコスモポリテスと称して,せまい都市国家的な社会的風習を退け,超国家的・個人主義的な生活意識や思想をもったことに始まる。だがコスモポリタニズムが本格的に現れたのは,都市国家崩壊後のローマ帝国の成立により,ローマ的平和,世界国家の概念がつちかわれた後である。すなわちストア派に属するマルクス・アウレリウスは,世界は自己がその一市民である神の国であり,人間は理性と愛とによって結ばれるべきであると説いた。しかし,こうした主張は隠遁主義と結びつく一方,現実には帝国への忠誠の概念を包蔵していた。この考えを実質的に推し進めたのが原始キリスト教の無抵抗主義の唱道であり,ローマの軍国主義に対して平和的手段をとることは人間の基本的な義務であるとし,国家の権威の上に良心の権威をおいた。この思想は古代末期にいたってアウグスティヌスの《神の国》で神の浄福に輝く共同社会という形で,さらに,トマス・アクイナスの《君主統治について》の中では,数個の都市国家を包含する王国regnumを中世的帝国の合理的原則の体現とみなす考えとして示された。一方,中世末期イタリア諸都市の動乱に悩んだダンテは《帝政論》の中で世界帝国の理想をかかげ,全人類の手になる連邦国家の構想を述べた。近代にはいり,啓蒙主義の時期になると個人主義が確立する一方,理性はすべての人間に普遍的なものとされ,理性を通じての個々人の結合関係が世界市民主義にまで発展する。そのあらわれの最大のものがカントの思想で,彼の世界市民的見地における普遍史の理念に関する論文のうちでは,各国家をもって諸国民の連合に,さらに全ヨーロッパの意思決定に従わせる構想が説かれ,《永久平和論》の中で,この主張の実際的細目が述べられた。
現代のコスモポリタニズムは,インターナショナリズム(国際主義)の出現により新しい役割を果たすこととなる。すなわちインターナショナリズムが,近代国家の成立,ナショナリズムの形成とともに諸民族,諸国家の平和的共存と相互の友好関係を促進することによって,世界平和の実現をはかろうとするのに対し,コスモポリタニズムは各国家の現実の社会的条件を捨象し,民族的伝統を否定し去って世界市民として,直接に単一世界国家につながろうとする意識の表現となり,その結果先進国家の文化価値を無批判的に崇拝する思潮につながっている。なおマルクス=レーニン主義の立場では,帝国主義段階における植民地・従属国に対する民族圧迫が,プロレタリアートを中心とした解放勢力により打破された後に樹立さるべき諸民族の自由連合という形のインターナショナリズムが主張される。ここにおいてコスモポリタニズムはその抽象性,観念性のゆえに,かえって現実被覆的・反動的性格を露呈し,階級的立場にたった民族主義を否定するものとなり,巨大な独裁的支配のための舞台を準備するブルジョア・イデオロギーの一変種として返り咲くものとされる。すなわち近代前期ではコスモポリタニズムとインターナショナリズムとが未分化であったが,現代では以上のように対抗的イデオロギーとして現れている。
→インターナショナリズム
執筆者:佐々木 光
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世界主義、世界市民主義、四海同胞主義、万民主義、世界公民主義などと訳される。共同体、民族、国家などを媒介とせずに、諸個人が直接に世界と結合さるべきであるとする個人主義的にして普遍主義的な思想。ギリシア語のコスモス(世界)とポリテス(市民)を合成したコスモポリテスkosmopolitesに由来し、ポリス社会崩壊期の紀元前4世紀ギリシアで、シノペのディオゲネスが自らをコスモポリテス(世界を故国とする者)と名のり、社会的慣習を無視した自主独立の生活を送ったことから、この姿勢がヘレニズムのストア派の思想に流入していったといわれる。神の摂理による宇宙国家により世俗的世界を秩序づける中世キリスト教や、世界国家を説くカントにもコスモポリタニズムの要素がみられる。狭い国家主義やナショナリズムを超える点で国際主義(インターナショナリズム)と共通するが、国家や民族を無視し媒介しない点で区別される。
[加藤哲郎]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
世界市民主義と訳す。キュニコス派のディオゲネスなどが自分のポリスは世界(コスモス)であるとして,世界市民(コスモポリテス〈kosmopolites〉)と自称したのに始まり,ポリスの衰退,大帝国や王国の成立といった現実に影響されて,ヘレニズム時代に特にストア学派によって唱えられた。ポリスの枠を越えた国際的・世界的な意識,生活感情,政治思想一般を意味する。
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