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国際主義 こくさいしゅぎinternationalism

翻訳|internationalism

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

国際主義
こくさいしゅぎ
internationalism

(1) 一般に,民族国家の主権を尊重したうえで,諸国家,諸民族の共存共栄国際社会の発展を願う思想をいい,単一の世界社会の実現を理想とするコスモポリタニズム (世界主義) ,ユニバーサリズム (普遍主義 ) とは区別される。

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デジタル大辞泉の解説

こくさい‐しゅぎ【国際主義】

独立した各主権国家の存在を前提に、相互の協調に基づいて世界の平和と共栄を実現しようとする立場。インターナショナリズム。
世界各国の労働者階級が、国際的な連帯・団結を強めようとする立場。インターナショナリズム。→プロレタリア国際主義

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大辞林 第三版の解説

こくさいしゅぎ【国際主義】

独立した主権国家の存在を前提に、その相互間の協調や連帯を重んずる立場。
すべての民族の民族自決権を保障し、国際的に民主主義を実現しようとする立場。
社会主義運動や労働運動などにおいて、国家の枠を超えて共通の目的のために連帯しようとする立場。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

国際主義
こくさいしゅぎ
internationalism

インターナショナリズムの訳語。独立した国民国家や民族固有の文化的伝統の存在を前提として、その違いを超えて諸民族・諸国家の協力・共存を図ろうとする思想および行動。民族や国家の存在それ自体に価値を置き排他的に他民族・他国家を敵視するショービニズムや国家至上主義と対立し、民族や国家の存在を無視し媒介しないで諸個人と世界とを直接結び付けようとするコスモポリタニズム(世界主義)やユニバーサリズム(普遍主義)とは区別される。
 国際主義の流れは、(1)王朝的国際主義、(2)自由主義的国際主義、(3)プロレタリア国際主義に大別される。
(1)王朝的国際主義は、中世キリスト教の普遍的世界主義の影響を受けながら、17~18世紀の絶対主義時代に生まれつつある近代西欧で形成されたものであり、中世社会の崩壊と諸国家間の戦争状態を、封建的・絶対主義的支配の維持、キリスト教的伝統の継承、特権的・貴族的文化の擁護などの共通利害に基づき、諸国家の君主・貴族たちの交流により克服しようとするものであった。それは、フランス革命とナポレオン戦争で中断しながらも、1815年の神聖同盟の時期まで緩やかに展開された。しかし、ロシア皇帝アレクサンドル1世の神聖同盟の提唱が、神聖ローマ帝国にその原型を求めていたように、もっぱら君主や特権貴族たちの間での、復古的で中世的な色彩を帯びたものであり、近代国民国家と市民社会の形成の流れとは、むしろ逆行するものであった。
(2)自由主義的国際主義は、資本主義の世界市場的発展を背景として、諸国民経済間の自由貿易的展開を唱えるものであった。産業革命を経た19世紀中葉から後半は、産業ブルジョアジーが伝統的支配階級に対抗する共通の利害をもち、国内市場ばかりでなく国外市場をも急激に発展させた時期であった。この時期には、民族主義の思潮が勃興(ぼっこう)してくるとともに、国際主義の思想も自由主義ブルジョアジーにより発展された。
 しかし、その実体は、ヨーロッパ列強間の協調を旨とするもので、東方諸民族への抑圧と植民地拡張を当然とするものであった。19世紀末から20世紀の帝国主義段階に入ると、この自由主義的ブルジョア的国際主義は、列強による世界市場分割競争の完了により破綻(はたん)し、第一次世界大戦に突入していった。この段階で、新大陸で孤立主義を守り続けてきたアメリカも国際社会に積極的に加わる外交政策へと転換し、このアメリカの新しい外交政策も国際主義とよばれるようになった。第一次大戦後の国際連盟、第二次大戦後の国際連合は、このアメリカの主導のもとに再建された自由主義的国際主義の制度化を意味するものであり、大国中心主義的伝統は、国際連合における安全保障理事会常任理事国の拒否権などとして、今日も残されている。しかし同時に、第二次大戦後独立したアジア、アフリカ、ラテンアメリカ諸国も一国一票の原則により国際連合に加わり、非同盟運動として統一した行動をとってきたため、自由主義的国際主義の内部から諸国家間の民主主義的国際主義の傾向も生まれてきた。
(3)プロレタリア国際主義は、資本家階級に搾取される労働者階級の利害は本来国際的であり国境をもたないとする、マルクス主義の思想の一原則として生まれた。マルクスとエンゲルスが執筆した『共産党宣言』末尾の「万国の労働者、団結せよ」のスローガンはそのもっとも端的な表現である。マルクスらはこの精神に基づいて、1864年には国際労働者協会(第一インターナショナル)を結成し、全ヨーロッパ的規模での労働運動の国際主義的連帯強化に努めた。この原則的立場は1889年創立の第二インターナショナルにも引き継がれたが、実際に帝国主義戦争としての第一次大戦が勃発すると、第二インターナショナルの諸党指導部は「祖国擁護」の社会排外主義的、社会愛国主義的立場に陥り、国際主義を事実上放棄した。
 レーニンにより創設されたコミンテルン(第三インターナショナル)は、プロレタリア国際主義の思想の再建を図り、また西欧先進国ばかりでなく東方諸民族のなかにも共産主義運動を創出して「万国の労働者、団結せよ」のスローガンを「万国の労働者と被抑圧民族、団結せよ」に発展させたが、ロシア革命を勝利させたボリシェビキ党の組織原理である民主集中制をコミンテルン中央と各国支部=各国共産党との関係にも適用し、その具体的政治指導と活動様式は、国際主義というよりソ連外交の外局とよぶべき性格のものとなっていった。1956年、第20回ソ連共産党大会のスターリン批判後、プロレタリア国際主義のソ連中心的世界主義的偏向に対する反省が生まれ、西欧や日本の共産党は国際共産主義運動における多元主義、自主独立をうたうようになった。この考え方は、自由主義的国際主義の系譜から生まれた民主主義的国際主義と共通するものであった。しかしソ連共産党は、1968年のチェコスロバキア侵入や79年のアフガニスタン侵入などを「プロレタリア国際主義」の名のもとに正当化した。1989年の東欧革命、91年ソ連解体によって、このような意味でのコミンテルン型「国際主義」は完全に崩壊した。[加藤哲郎]
『フォスター著、インタナショナル研究会訳『三つのインタナショナルの歴史』(1967・大月書店) ▽斉藤孝著『戦間期国際政治史』(1978・岩波書店) ▽K・マクダーマット、J・アグニュー著、萩原直訳『コミンテルン史』(1998・大月書店)』

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世界大百科事典内の国際主義の言及

【インターナショナリズム】より

…国際主義と訳す。ナショナリズム(国家主義,民族主義)と対立する概念で,近代国家nation stateの成立を前提として,国家の枠を超えて共通の利害や関心にもとづく行動をとる精神をさす。…

【コスモポリタニズム】より

…そのあらわれの最大のものがカントの思想で,彼の世界市民的見地における普遍史の理念に関する論文のうちでは,各国家をもって諸国民の連合に,さらに全ヨーロッパの意思決定に従わせる構想が説かれ,《永久平和論》の中で,この主張の実際的細目が述べられた。 現代のコスモポリタニズムは,インターナショナリズム(国際主義)の出現により新しい役割を果たすこととなる。すなわちインターナショナリズムが,近代国家の成立,ナショナリズムの形成とともに諸民族,諸国家の平和的共存と相互の友好関係を促進することによって,世界平和の実現をはかろうとするのに対し,コスモポリタニズムは各国家の現実の社会的条件を捨象し,民族的伝統を否定し去って世界市民として,直接に単一世界国家につながろうとする意識の表現となり,その結果先進国家の文化価値を無批判的に崇拝する思潮につながっている。…

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