翻訳|corset
胸下から腰部までを覆い、主として胸を支え、ウエストの細さを強調するために用いられる下着の一種。衣服の流行に適応した体型を得るために、本来の体の線を補正、矯正するものとして、すでに古代クレタ時代以来この種の下着は存在していたが、コルセット(フランス語ではコルセ)の語が用いられるようになったのは19世紀以降のことである。
コルセットの起源は紀元前18世紀のクレタの小像にみられる。この小像は、芯(しん)入りの胴衣でウエストを極度に細め、その上端で胸部を誇らしげに持ち上げている。続く古代ギリシア・ローマの緩やかな衣服の流行では、帯状の紐(ひも)を胸から腰にかけて巻き付けるゾーナzonaが用いられたが、これは胸を支えるのが目的であり、ボディラインを再構成するものではなかった。中世は、胸、ウエスト、ヒップの輪郭をはっきりと描く服型が流行した時代であり、フランス語のコルセの語がみられる。しかし、このときのコルセは下着ではなく、胴部を細く形づくるためにドレスの上に着用された、男女両用の袖(そで)なしの胴衣であった。
コルセットの原型は、16~18世紀の女子服を支配したフープスカートの流行によって生まれたコールcorpsである。ぴったりと体にあった身頃(みごろ)と細い胴、そこから対照的に広がったスカートという構成のこの服装は、木、骨、鯨骨、鋼(はがね)などの硬い芯(バスクbusk)を縫い込んだ特殊な胴衣(コール)を生み出し、以後、数世紀にわたって、女性にその優雅な衣服外形と引き換えに、肉体的苦痛を味わわせたのである。この間コールは、フランスでは、バスキーヌbasquine、コール・ピケcorps piquè、コール・バレネcorps baleinèなど、その構成上の特徴を示す名称がつけられてきた。イギリスではステイズstaysとよばれた。これらは、前胴部に装飾を施して固く形づけ、レーシング(紐締め)によって着脱した。フランス革命時の自然への指向で、高いウエストラインから筒状に落ちるシルエットが流行すると、一時、自然のボディラインを壊す下着が放棄された。しかし、続く19世紀には、女性はふたたび固い枠の中に閉じ込められ、どの時代の女性にもまして「コルセットの苦しみ」を味わうことになったのである。
19世紀初期、服型がエンパイアスタイルに移行すると、細い胴をつくるのではなく、胸を整えるための、体にぴったりとした下着が必要になり、かつてのコールにかわって「コルセット」が登場した。コルセットは、1810年ごろからウエストラインがふたたび下降するにつれて、しだいに長くなり始め、腰まで届くようになる。やがて1830年代のロマンチックな時代思想のなかで、膨らんだスカートと細い胴は、幻想的雰囲気を演出する重要な要素として使われる。このころ、紳士の間でも胴を細くするためにコルセットが流行している。
19世紀のコルセットは、外衣の流行に伴いさまざまに変化するが、とくに技術的変化が著しかった。体の曲線を出すための複雑な裁断技術や綿密なステッチは、16世紀以来改良が続けられていたが、19世紀に入ると、各種の改良、発明が相次いだ。1828年には金属の鳩目(はとめ)が創案され、ルネサンス以来の糸でかがった紐通し穴にとってかわった。これにより、強い紐締めが可能になった。1847年には、前中央をクリップで留める形式が現れ、着脱がより容易になった。
コルセットは、目の詰まった白い綿布(クチcoutil)でつくられることが多かったが、高価なものには美しい色物の絹サテンやレースが用いられた。19世紀なかばには、ミシンの実用化で、コルセット製造は工業生産へと移っていった。このころから、当時のファッション・ブックにはコルセットの広告が競って出されるようになり、19世紀末期にかけて、美しく、装飾的なコルセットが生み出されていく。1910年代以降は、姿態を直線的に形づくろうとする傾向が現れ、コルセットは腰から下の部分が長く、上部が短くなり、1920年代にはブラジャーと、腰部のみを覆うガードルgirdleへと、その機能が分割されていったのである。
今日では、自然のボディラインが尊重され、そのため伸縮性のある素材の開発が進み、体を束縛しない柔らかいコルセットともいうべきボディスーツbody-suits(オールインワンall-in-one)やガードルが用いられている。
[深井晃子]
整形外科で脊椎(せきつい)疾患の治療に広く用いられている体幹用補装具をいい、前述のコルセットに由来する。罹患(りかん)脊椎の固定や負荷の軽減、脊柱変形の矯正、背腰筋の筋力低下の補助、腰痛の軽減などの目的で使われ、軟性コルセット、硬性コルセット、金属枠(わく)コルセット、矯正コルセットなどがある。イギリスやアメリカでは軟性コルセットに相当するものをコルセットといい、その他のものはバック・ブレイスback braceとよんでいる。軟性コルセットはダーメンコルセットDamenkorsett(ドイツ語)ともよばれ、縦の芯(しん)入りの布製で固定力が硬性のものより弱く、おもに腰痛軽減の目的で腰椎性疾患に広く使われる。硬性コルセットは支柱付きの硬いプラスチック製で、骨折などの脊椎外傷、炎症や腫瘍(しゅよう)などの脊椎疾患に用いる。金属枠コルセットは金属の支柱と枠だけのものである。矯正コルセットは硬性で、脊柱側彎(そくわん)症にもっとも多く用いられている。
[永井 隆]
『セシル・サンローラン著、深井晃子訳『女性下着の歴史』(1989・エディション・ワコール)』
胸部から腹部にかけての体形をととのえるために用いる女性用下着の一種。語源は胴体を意味するフランス語のコールcorpsからきているとみなされている。フランスではバスキーヌ,コール・ピケ,コール・バレネなどと,時代によって名称も変化し,イギリスではステイ(ズ)stay(s)と呼びならわされていたが,18世紀ごろからコルセットと呼ばれるようになった。金属,皮革,麻,綿,絹,ナイロンなどを用い,横にしわができないように鯨のひげ,象牙などで成形されたものも見られる。
人工的に胸を高く見せたり胴を細く見せたりする風習は,古代のクレタ,ギリシア,ローマで行われ,クレタでは幼児期より金属製の帯で胴を締め上げて細い胴をつくり上げ,また皮革製の胴衣を胸の下に着け,露出した乳房を高く盛り上げることが行われた。ギリシアでは細長い布を胸に巻きつけて乳房を押さえ,その上にキトンを着用した。12世紀になると,西ヨーロッパでコルスレcorseletと呼ばれる,前で紐締めする胴衣形の外衣が着用されるようになったが,下着として用いられるようになったのは16世紀の,細い胴を強調したスペイン風モードの流行によってである。麻布もしくは皮革に鯨のひげ,木,象牙などを入れて成形したバスキーヌbasquineや,甲冑にヒントを得て鍛冶屋がつくったという金属製コルセットがつくられ,女性ばかりでなく男性や子どもにまで用いられた。17世紀には胴衣そのものに鯨のひげを刺したり,のりで固めたりしたコール・ピケcorps piquéが出現したが,さらに18世紀にかけて鯨のひげを細かく斜めに刺し込んで立体感を強調したコール・バレネcorps baleinéが用いられるようになった。コール・バレネは背中で紐締めし,麻や絹,木綿にししゅうを加えるなど,精巧な細工を施した。着用の際には,コルセットの前面に表着と同じ共布でつくったり,フリルやししゅうで飾った胸着(スタマッカーstomacher)を着けた。当時のコルセットは貴重なもので,嫁入り衣装の一つとして,母から娘へ譲られるようなことも行われた。19世紀になると服装の流行に従って,胸から臀部(でんぶ)までを覆う長いもの,ウエストのすぐ下までの短いもの,さらに19世紀後半には靴下をつるサスペンダーつきのものなどが出現した。
1830年には胴回り46cmのコルセットまでつくられ,きつく締めるため食事がとれなかったり,卒倒する者まで現れ,健康上の問題をめぐって賛否両論がたたかわされた。19世紀半ばにアメリカで組織されヨーロッパにも広がった〈婦人服改良協会〉はウエストをきつく締めつけないコルセットを発表したが,普及するに至らなかった(改良服)。20世紀に入り,女性の社会進出とともにウエストのゆるやかなファッションが現れ,機能性が重視されるようになり,ガードルと呼ばれる,靴下つりのついた,伸縮性のある素材でつくられたコルセットが出現した。現代では胴から腰部をととのえる基礎下着(ファウンデーションfoundation)の一種として,さまざまな工夫がこらされたガードル,ウエスト・ニッパー,ボディスーツなど名称,種類も多様になっている。
→下着
執筆者:池田 孝江
腰痛症や脊椎の骨折などに際し,体幹に装置する装具をいう。医学的には縦横いずれか一方向の剛性支柱を有するもののみをさし,同様に体幹に装置するものでも縦にも横にも剛性支柱のあるものは体幹装具と呼ばれる。医療用のコルセットには軟性コルセットと硬性コルセットの2種がある。(1)軟性コルセット ダーメンコルセットDamenkorsett(ドイツ語)ともいう。帆布にぜんまい鋼の芯,または他の金属支柱を入れたもので,婦人の美容用コルセットに似た形の装具。脊柱の固定が目的で,腰痛症に用いられることが多い。(2)硬性コルセット 全体を硬いプラスチックでつくったものか,さらに金属のフレームを加えたものがある。ナイト型,テーラー型,ジューエット型などがある。軟性コルセットより強固な固定を行う場合に用いられる。脊椎炎,脊椎骨折に対して用いられる。
執筆者:近藤 徹
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…膨らんだ下半身の上に高くくびれた腰を強調する服飾が現れたのは18世紀からで,フランス人形のような貴婦人たちがルイ王朝の宮廷を闊歩した。S.T.vonゼンメリングが1785年,コルセットで締め上げて空前絶後のハチ腰をしたロココの全盛時代に,その害を詳細に述べているが,コルセットの流行は庶民の間に及び最近まで続いた。クールベの《泉》の少女の腰はコルセットによって締められた腰の典型である。…
…古代ギリシアの彫像は男女ともに自然のままの太い胴である。スパルタやアテナイの女性が着た衣装のペプロスやキトンは胴の形を変えなかったが,その胴を締めたひもが幅広くなって,後に胴布やコルセットになる基となった。キリスト教は女性の性的特徴を包み隠すよう要求したから,胴布の最初の目的は胴全体を細く見せることだった。…
※「コルセット」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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