四肢や脊柱の骨格系,関節,筋肉などの運動器官の疾病を取り扱う臨床医学の一分野。〈整形外科〉の語は1906年東大に整形外科学講座が新設された際,田代義徳によってorthopädische Chirurgieの訳語として造語された。
整形外科的疾患は人類の発生とともに存在し,その治療も古くから行われていたと考えられるが,整形外科のように主として形態異常を取り扱う医学は,直接生命に関係していないこともあって,科学としての医学の発達は遅れた。したがって,医学としての整形外科学の歴史は比較的新しい。
運動器官の疾患については,すでにヒッポクラテスが脊柱彎曲や内反足などの疾患を記載している。骨折や脱臼などに対する整復,四肢切断術なども古くから行われた。16世紀にはA.パレが内反足治療器や義肢を考案している。しかし,16世紀までの治療はもっぱら解剖学的知識によるものであった。1741年,パリ大学のアンドレNicolas André(1658-1742)が《L'orthopédie》を出版しorthopédieの語を初めて用いた。これはギリシア語のorthos(〈まっすぐな〉の意)とpais(〈子ども〉の意)から造られたもので,彼は小児の身体的形態異常の予防・矯正を目的とするものとして提唱した。しかし当然,成人にも形態異常はあるため,後に,この語のもとに成人のそれも扱われるようになった。このころの整形外科はまだ機械的なものであったが,18世紀から19世紀にかけて,病理学や細菌学の発達によって,整形外科的疾患の病理が明らかにされるようになり,麻酔法や制腐法など外科学的技術の確立,さらに1895年のX線の発見などによって,整形外科の体系はいちおう整うこととなった。そして,20世紀に入り,第1次大戦以後,急速に専門分科としての近代整形外科学が確立されるに至った。
日本では大宝律令(701)に按摩(あんま)科の名がみえ,この当時すでに整骨や瀉血(しやけつ)などが行われていた。その後,これらの治療術は外科に移り,室町から戦国時代にかけては,金瘡(きんそう)医の扱うところとなった。さらに江戸時代に入ると柔道整復師が行うようになったが,これらの治療は経験的なもので,明治末期に大学に整形外科学講座が開設されるまでは,系統的,学問的なものではなかった。
現在,整形外科学の範囲は,骨関節の感染症,慢性・急性の関節疾患,先天性奇形,骨の代謝異常,骨および筋肉の腫瘍,骨折,脱臼,損傷などの外傷性疾患,リウマチ性疾患などと多岐にわたっている。他の分科と同様,手の外科,関節外科,脊椎外科などというように,専門分科が起こりつつある。さらに,機能回復と関連して,リハビリテーション医学とも密接な関係をもち,身体障害者,肢体不自由児の療育にも深く関与している。
執筆者:高橋 智
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
臨床医学の専門分科の一つ。姿勢の保持と身体運動にかかわる器官、すなわち脊柱(せきちゅう)、四肢の骨、関節、筋肉系の疾患を取り扱う。整形外科という名称は、1741年にパリ大学医学部長で内科医のアンドレNicolas André(1658―1742)が『L'Orthopédie』という著作を公にしたときに始まる。このなかでアンドレは「小児の身体の変形を予防し矯正する技術」と定義している。その後、麻酔法、無菌法、X線の発達などに伴って外科的治療を積極的に応用し、とくに第一次世界大戦後に急速な発展を遂げた。
日本では、8世紀初頭の大宝律令(りつりょう)で身分階級が定められた按摩(あんま)師・按摩生が、四肢の外傷や疼痛(とうつう)の治療を行っていた。また、江戸後期の医学者各務文献(かがみぶんけん)(1765―1829)は1810年(文化7)に『整骨新書』を著した。1874年(明治7)に大学でドイツ学派の医学が採用されるまでのいわゆる正骨科は、非医師である接骨師に受け継がれた。
1906年(明治39)に東京帝国大学医科大学に初めて整形外科学講座が設けられたが、そのときの初代教授田代義徳(たしろよしのり)(1864―1938)により、ドイツ語のOrthopädieが初めて「整形外科」と訳された。第二次世界大戦後にはアメリカの整形外科も多く採用され、また全国の各医科大学に整形外科が設けられるに至り、多くの整形外科専門医が育成されて普及した。
整形外科の領域としては、主として四肢や体幹の各種疾患と外傷が対象となる。すなわち、骨、関節、筋肉、腱(けん)、靭帯(じんたい)の運動器官をはじめ、それらを支配する血管、脊髄、末梢(まっしょう)神経の奇形、変形、炎症、腫瘍(しゅよう)、代謝疾患などの諸疾患、および骨折、脱臼(だっきゅう)、捻挫(ねんざ)、断裂、挫傷(ざしょう)などの外傷の病理を追究し、それらの診断と治療を行っている。また、運動器官の機能障害を回復させ、社会生活へ復帰させることを最終目的とするので、リハビリテーション医学と密接な関係がある。
なお、主として身体表層の形態異常を対象とする形成外科は、当初に成形外科とよばれたことから一般に混同されやすい。
[永井 隆]
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