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サランドラ Salandra, Antonio

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

サランドラ
Salandra, Antonio

[生]1853.8.13. プーリアトロイア
[没]1931.12.9. ローマ
イタリアの政治家,法律家。ローマ大学の行政学教授であると同時に 1886年以来自由主義右派に属する国会議員となり,農業相 (1899) ,蔵相 (1906,09~10) を歴任後,1914年3月首相に就任。第1次世界大戦が起るとイギリス=フランス側とロンドン秘密条約 (15) を締結,従来のドイツ,オーストリア,イタリア三国同盟を破棄し,15年5月のイタリア参戦の条件を整えた。 16年首相を辞任。大戦後はファシズム運動に好意的でムッソリーニ内閣のもとで国際連盟の首席代表もつとめた。

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デジタル大辞泉プラスの解説

サランドラ

1978年製作のアメリカ映画。原題《The Hills Have Eyes》。ウェス・クレイヴン監督によるホラー映画。出演:スーザン・レイニア、ロバート・ヒューストン、マーティン・スピアー、ディー・ウォーレスほか。1985年に続編『サランドラII』が、2006年にリメイク版『ヒルズ・ハブ・アイズ』が作られた。

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世界大百科事典 第2版の解説

サランドラ【Antonio Salandra】

1853‐1931
イタリアの政治家。1886年より代議士,1902年にはローマ大学の行政法の教授となる。ソンニーノとともに自由主義右派の立場からジョリッティに対抗。14年首相となり,第1次世界大戦に初め中立を宣言したが,極秘にロンドン条約を締結,参戦論の高揚を背景に15年5月英仏側に立っての参戦を強行した。大戦後も保守派を指導,ファシズムにも接近し,その権力獲得後は上院議員となったが,影響力を失った。【村上 信一郎】

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世界大百科事典内のサランドラの言及

【第1次世界大戦】より

…イタリアは本来三国同盟の一員であったが,トルコ分割への参加をすすめた英仏両国の誘引に応じて1915年4月26日にロンドン秘密条約を結び,それにしたがって同年5月23日にオーストリアと開戦した。イタリア首相サランドラAntonio Salandra(1853‐1931)は,この背信行為を〈神聖な利己主義〉と声明した。もっとも,イタリアは軍事的には劣勢で,その功績はオーストリア軍をイタリア国境に牽制したという程度であり,ドイツと開戦するのは16年8月28日のことである。…

【第1次世界大戦】より

…イタリアは本来三国同盟の一員であったが,トルコ分割への参加をすすめた英仏両国の誘引に応じて1915年4月26日にロンドン秘密条約を結び,それにしたがって同年5月23日にオーストリアと開戦した。イタリア首相サランドラAntonio Salandra(1853‐1931)は,この背信行為を〈神聖な利己主義〉と声明した。もっとも,イタリアは軍事的には劣勢で,その功績はオーストリア軍をイタリア国境に牽制したという程度であり,ドイツと開戦するのは16年8月28日のことである。…

※「サランドラ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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