日本大百科全書(ニッポニカ) 「ザビヌル」の意味・わかりやすい解説
ザビヌル
ざびぬる
Joe Zawinul
(1932―2007)
オーストリア生まれのジャズ・ピアノ、キーボード奏者、作曲家。ウィーンに生まれ、7歳でウィーン音楽院に入学、正統的クラシック音楽の教育を受ける。1952年フランスやドイツのクラブで演奏活動を始め、53年クラシックもジャズも演奏するオーストリアのホルスト・ウインター楽団に入団し、アコーディオン奏者を務める。
1957年初リーダー作『ジョー・ザビヌル・トリオ』を録音。59年アメリカに渡り、トランペット奏者メイナード・ファーガソンMaynard Ferguson(1928―2006)、トロンボーン奏者スライド・ハンプトンSlide Hampton(1932― )の楽団のメンバーを歴任した後、女性歌手ダイナ・ワシントンDinah Washington(1924―63)の伴奏者となる。この時期、後にバンドを結成することになるテナー・サックス奏者ウェイン・ショーターと知り合う。62年、黒人的要素を強調したファンキー・ジャズの中心的存在であるアルト・サックス奏者キャノンボール・アダレイのクインテットのピアノ奏者に抜擢(ばってき)され、ヨーロッパ出身とは思えぬファンキーな演奏で注目される。とりわけ66年に録音されたアダレイのアルバム『マーシー・マーシー・マーシー』では、アルバム・タイトルにもなったザビヌルの曲が大ヒットした。
1968年トランペット奏者マイルス・デービスのグループに参加し、マイルスのアルバム『イン・ア・サイレント・ウェイ』(1969)ではエレクトリック・ピアノ、オルガンを演奏、このバンドに在籍するショーターとも共演することとなる。69年マイルスの話題作『ビッチェズ・ブリュー』に参加。70年ショーター、ベース奏者ミロスラフ・ビトスMiroslav Vitous(1947― )らとウェザー・リポートを結成、71年に発表したアルバム『ウェザー・リポート』は、エレクトリック・ピアノを使用した先進的アイディアが大きな衝撃をジャズ・シーンに与える。73年ビトスの退団により、ウェザー・リポートはショーターとの双頭バンドとなる。76年ベース奏者ジャコ・パストリアスがグループに参加、このバンドの代表作『ヘヴィー・ウェザー』は、彼らの人気を決定的なものとする。86年ウェザー・リポート解散、88年ザビヌル・シンジケートを結成。
1990年代にはワールド・ミュージック的な要素を取り入れたアルバム『マイ・ピープル』(1992~96)で、混交音楽としてのジャズの新たな可能性を示す。ほかの代表作に『ザビヌル』Zawinul(1970)、『ダイアレクツ』(1986)がある。彼の音楽は、ピアノ奏法も含め、初期こそアフリカン・アメリカン・ミュージシャンのテイストをなぞるものだったが、ウェザー・リポート結成のころから、より本質的部分でジャズをとらえるようになる。それは、アフリカン・アメリカン特有の身体感覚と、西欧音楽理論を含めた世界各地の音楽との融合からジャズが誕生したという、歴史的事実を踏まえたザビヌル独自の音楽活動であった。
[後藤雅洋]