オルガン(読み)おるがん(英語表記)organ

翻訳|organ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「オルガン」の意味・わかりやすい解説

オルガン
おるがん
organ

鍵盤(けんばん)楽器のなかで唯一、弦ではなくパイプまたはリードを振動体とする気鳴楽器。この語は「道具」「器官」を意味するギリシア語のオルガノンorganon/öργανον、ラテン語のオルガヌムorganumに由来し、ドイツ語ではOrgel、フランス語ではorgue、イタリア語ではorganoという。もともと音を出す道具の意で「楽器」の総称として用いられていたが、とくに「多くのパイプからなる楽器」をもさすようになった。欧米ではオルガンというと本来パイプを備えたパイプ・オルガンのことをさすが、日本ではパイプのないリード・オルガンも含めてオルガンと称する。これは日本独特の呼称で、その背景には、リード・オルガンがピアノやパイプ・オルガンよりも早く日本に入り、学校や家庭で広く使用されてきたという社会事情がある。本項では、パイプ・オルガンを中心に、リード・オルガン、さらには世界のオルガン属の楽器も含めて広義にオルガンを扱う。

[川口明子]

パイプ・オルガン

構造

パイプ・オルガンは複雑な構造をもち、時代、地方、製作者によりかなりの違いをみせている。しかし一般に、(1)パイプ群からなる発音部、(2)送風部(ふいご、空気溜(だめ)、風箱)、(3)操作部(コンソール、アクション)からできている。

(1)発音部 発音体であるパイプは、大きくはフルーパイプ(開管、閉管)と各種のリードを内蔵するリードパイプの2種に分けられ、おもに金属でつくられるが木製のものもある。パイプの内径、長さ、リードなどにより多様な音高、音色が得られる。これらのパイプはいくつかの群をつくり、全体のユニットとなる部分オルガン(グレート・オルガン、スウェル・オルガン、ポジティフ・オルガン、ペダル・オルガンなど)を形成している。各部分オルガンはコンソールの鍵盤(けんばん)と連結し、そこで操作される。

(2)送風部 昔は人力によったが、いまではモーターによる。ファンでおこった空気はふいごを通って空気溜にたまり、風圧が一定に保たれる。ここから空気は風箱、さらには弁を通り、目的のパイプに配分される。

(3)操作部 演奏台コンソールはマニュアル(手鍵盤)、ペダル(足鍵盤)、スウェル・ペダル(増音器)、ストップ(音栓)などからなる。マニュアルは通常2~5段で、発音部の各部分オルガンと連結してグレート・マニュアル、スウェル・マニュアルなどとよばれる。ペダルはペダル・オルガンと連結しており、スウェル・ペダルはスウェル・ボックスの扉を開閉して音量を漸次変化させる。ストップは音色、音域を選択する装置で、あるストップを引くと、それと連結しているスライダーの穴を空気が通り、一定の音色、音域を獲得する。一つの鍵盤を手または足で押すと一つの弁が開き、ストップによりあらかじめ選ばれたパイプ群のなかの目的の1パイプが発音する。同音色、同音域のパイプ群が一つのストップで操作されるので、各種のストップを組み合わせることにより、多様な音色が得られる。鍵盤やストップの操作はアクションによってパイプに伝達される。

[川口明子]

パイプの長さ(フィート律)と音域

約8フィート(8′と表記する)の開管の音高C2を8′ストップと称し、基準とする。これより1オクターブ高いものが4′ストップ、低いものが16′ストップとなる。鍵盤の音域は通常4~5オクターブであるが、実際の音域は各種のストップにより10オクターブ内外にまで拡大される。

[川口明子]

楽器の発達史

オルガンの歴史は非常に古く、数本のパイプを組立て口で吹くパンパイプにその起源を求めるのが定説である。個々のパイプを吹くかわりに、風箱を設けふいごによる送風装置を付加したものが、後の風圧オルガンpneumatic organに通ずる。3000年の歴史をもつ中国の笙(しょう)、つまり風箱をもった口で吹くオルガン(マウス・オルガン)も同じ原理の楽器で、リードをもつ点でリード・オルガンの基になったものといえる。現存する最古のオルガンの記録は、紀元前3世紀にアレクサンドリアに住んでいたギリシア人技師クテシビオスの発明した水圧オルガン(ヒュドラウリスhydraulis/δραυλις)である。これは水圧ポンプの原理を応用したもので、スライド式風箱を備えた一段手鍵盤のオルガンに似ている。風圧オルガンはこれを改良したものだといわれている。その後オルガンはアラビアやギリシアに広まり、ビザンティンを中心に各地で発達をみせたが、中世以降はその製作はほとんどヨーロッパに限られ、ローマを中心とするキリスト教会に取り入れられ、今日みられるパイプ・オルガンの歴史を展開させた。

 中世初期のオルガンの歴史ははっきりしないが、7世紀には教会に導入され、8世紀には競って設置されるようになった。オルガンは教会の威厳を象徴するものとして、装飾のついた大規模なものがつくられるようになった。10世紀のウィンチェスターのオルガンは、400本のパイプ、70人が送風する26のふいごを備えた巨大なものであったという。11世紀末に、レバーから発達した手鍵盤が導入されたが、当時の鍵は奏者が拳(こぶし)で打って奏するくらいに大きかったという。14、15世紀には構造、音質に大きな変化がみられ、大形のオルガンがつくられるようになり、ストップ選択によってさまざまな音色が得られるようになった。教会オルガンの大形化の一方で、家庭用の小形オルガンも発達した。12世紀には持ち運びのできるポルタティフportative、14世紀には中形の据え置き用ポジティフpositive、15世紀にはビーティングリードを内蔵したリーガルregalが登場し、これらは17世紀まで宗教、世俗両音楽に広く使われた。16世紀には手鍵盤も数段になり、ドイツでは足鍵盤も発達した。17世紀にはバロック・オルガンがつくられ、優れた製作者も輩出し、今日のオルガンの基礎が固められた。18、19世紀を通じて、オーケストラの豊かな音量、多様な音色を模倣する傾向が強くなり、管弦楽的オルガンへの道を歩んだが、20世紀にはこれへの反省で、往時のあるべき姿に戻そうとするオルガン運動Orgelbewegungが起こった。また19世紀には小形のシネマ・オルガン、シアター・オルガンも発明されたが、隆盛には至らなかった。

[川口明子]

オルガン音楽

オルガン音楽は西洋音楽の母体であるキリスト教音楽とともに発展してきた。その歴史は、楽器の古さに比べて新しく、最古の記録は14世紀のものである。しかも18世紀末まで楽譜上にオルガンで奏することの明確な指定がなかったので、リュート音楽や多種の鍵盤音楽との相違は判然としない。最古の鍵盤音楽資料「ロバーツブリッジ写本」(1320ころ)には中世の舞曲とモテットの編曲がみられる。14世紀イタリアの作曲家ランディーノはオルガネット(ポルタティフ)の名手であったという。15世紀の写本はすべてドイツ語圏のもので、典礼用鍵盤楽曲、聖歌や世俗歌謡の編曲、前奏曲などがみられる。16世紀には各国でそれぞれの展開をみせ、ドイツではプロテスタントと結び付いたオルガン・コラールが生まれ、イタリアではベネチア楽派によって典礼音楽のほかリチェルカーレカンツォーナなどの器楽形式が生み出された。スペインではカベソンが、イギリスでは当時隆盛したバージナルの作曲家たちがオルガンの分野でも活躍した。

 17、18世紀はオルガン音楽の黄金時代であり、独奏用楽曲の繁栄の一方で、通奏低音楽器として伴奏にも広く使われた。バロック初期のイタリアの作曲家フレスコバルディとネーデルラントスウェーリンクの流れをくんで、北部および中部ドイツでは、荘厳で自由なファンタジー、前奏曲とフーガコラール前奏曲などが、ブクステフーデやJ・C・バッハらによって書かれ、一方南ドイツでは、フランスやイタリアの影響の強いリチェルカーレ、トッカータなどが、ハスラーやフローベルガーらによって作曲された。フランスは、ドイツの抽象的な器楽形式とは異なる自由な組曲形式のオルガン・ミサを発達させた。これまでのあらゆる形式、対位法、演奏技法などを統合完成させたのがJ・S・バッハで、彼をもってオルガン音楽は一つの頂点に達した。バッハおよびヘンデルを最後にバロック音楽は終わり、オルガン音楽はしばらく沈滞する。

 しかし19世紀になって、メンデルスゾーンによって再生され、リストやフランクらが管弦楽的色彩感や交響的性格をもつオルガン音楽の新分野を開いた。一方ドイツでは、レーガーがバロックの伝統に沿った作品を書き、オルガン音楽をふたたび盛り上げた。20世紀の作曲家としては、ドイツのJ・N・ダーフィト、ヒンデミット、フランスのデュプレ、メシアン、プーランクらがあげられる。

[川口明子]

リード・オルガン

フリーリードを発音体として用いるオルガン。パイプ・オルガンのようなパイプ、オーボエやクラリネットのような管を使用せず、リードの振動だけで発音する。

(1)吹出し式のリード・オルガン 1840年にフランスのドゥバンAlexander Debain(1809―1877)によってハルモニウムharmoniumという名で特許がとられた。このオルガンは、箱形で5オクターブの鍵盤をもち、ストップによる音色変化、足踏み式送風による音量変化の可能な表情豊かな高度なものであった。その後ハルモニウムという語は吹出し式のリード・オルガンの総称となり、これらのオルガンはおもにヨーロッパで発達した。ドイツでは純正調のハルモニウム(エンハルモニウム)の製作も行われ、日本の田中正平(1862―1945)が大きな貢献をした。またインドでは、ヨーロッパから渡来した手動式送風の小さな箱形のハルモニウムが伝統音楽と結び付いて広く用いられている。

(2)吸込み式のリード・オルガン 1860年からアメリカで発売、リードも小さく工程も簡単で、ハルモニウムの代用品として普及した。日本では明治中期以来、このアメリカ式リード・オルガンの普及、発達が著しく、楽器産業確立の源にまでなった。この流れは今日の電子オルガン産業の隆盛にも受け継がれている。

[川口明子]

世界のオルガン属の楽器

複数のパイプを組みにして用いるというオルガンの基本原理をもつ楽器は、世界にいくつか存在する。楽器学でマウス・オルガンmouth organとよばれるものはその代表例である。中国、朝鮮、日本の笙(しょう)、タイのケーンkhāēnやラオスのケーンkaenなど、インドシナ半島の国々にみられるさまざまなもの、さらにはボルネオ島のクルディkělědiやウンクルライěgkěruraiなど、東および東南アジアに特有のこれらは、瓢(ふくべ)や木を風箱とし、それにフリーリードのついた数本の竹や葦(あし)の管を差し込んだもので、吹いても吸っても音が出る。西洋でも東洋の笙にヒントを得て、ハーモニカや、口のかわりにふいごを備え、ボタンや鍵盤で操作するアコーディオンなどが19世紀初めに製作された。

[川口明子]

『A・ナイランド著、丹羽正明・小穴晶子訳『パイプオルガンを知る本』(1988・音楽之友社)』


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「オルガン」の意味・わかりやすい解説

オルガン
organ

鍵盤を備えた気鳴楽器。本来,パイプをもつオルガン (パイプオルガン) のみを意味し,発音体の異なるリードオルガンや電子オルガンとは区別される。コンソール (演奏台) で手鍵盤 (マニュアル) や足鍵盤 (ペダル) などを操作すると,送風器,空気室,風箱などから成る送風機構を通って圧縮空気がパイプに送られ,パイプ内の空気柱が振動して発音する。またストップ (音栓) やカップラー (連動音栓) の装置を使って,大小さまざまなパイプの組合せを変えることによって音色に変化を与える。ヘレニズム時代のアレクサンドリアで発明されたといわれ,その後中世にキリスト教教会で用いられるようになって以来,改良を重ね,今日のような複雑な機構をもつ大規模な楽器となった。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

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