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シャフ Adam Schaff

世界大百科事典 第2版の解説

シャフ【Adam Schaff】

1913‐
ポーランドの哲学者。リボフ大学を出てフランスに留学。第2次大戦中ソ連に亡命。戦後帰国し,ウッチ大学教授を経て,ワルシャワ大学教授となり,1957年からポーランド科学アカデミー哲学・社会科学研究所長を兼任(1968辞任)。マルクス主義哲学の革新に努め,実存,言語などの問題に取り組み,西欧でも注目をひく。日本でも《意味論序説》《マルクス主義と個人》など著作の多くが紹介されている。【竹内 良知

シャフ【Philip Schaff】

1819‐93
スイス生れのアメリカの神学者。ドイツの諸大学で学んだのちアメリカに移り,ペンシルベニア州マーサーズバーグにあったドイツ改革派神学大学教授(1844),のちにニューヨークのユニオン神学大学教授になった(1870)。彼の貢献はヨーロッパにアメリカの教会を紹介するとともに,アメリカのキリスト教が全キリスト教会史と世界的キリスト教の一部であることを自覚すべく,教会史,教理史,神学の分野で多数の資料を残したことである。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

シャフ
しゃふ
Adam Schaff
(1913―2006)

ポーランドの哲学者。ルブフ(現、ウクライナのリボフ)に生まれ、同地の大学に学んだのち、パリの政治・経済学院を卒業。第二次世界大戦が始まるとソ連に亡命、ソ連科学アカデミー哲学研究所員として哲学研究に従事し、1945年哲学博士号を取得。戦後ポーランドに帰り、ウージ大学教授を経て、1948年からワルシャワ大学教授として哲学を講ずるとともに、ポーランド統一労働者党社会科学研究所長(1950~1957)、ポーランド科学アカデミー哲学・社会学研究所長(1957~1968)を歴任した。スターリン批判後、ヒューマニズムとの統合を図る方向でマルクス主義哲学の革新に努めたが、1968年春の修正主義攻撃カンパニヤ(大衆闘争。「プラハの春」とも連動して自由化を求めた学生運動支持の側にたったユダヤ系学者の排除を狙(ねら)ったもの)のなかで哲学・社会学研究所長を辞任。以後、主としてウィーンなど国外で講壇に立っていたが、「新産業革命の社会的帰結」に関する著書(1987)を最後として、1990年代以降の活動は明らかでない。[佐藤経明]
『アダム・シャフ著、花崎皋平訳『社会現象としての疎外』(1984・岩波書店)』

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世界大百科事典内のシャフの言及

【意味論】より

…すなわち,語の形式と内容の関係が歴史的に変化していく。このことをポーランドの論理学者A.シャフは自著の《意味論序説》(1960)において,〈言語学的意味論の特徴をなすのは意味の歴史の研究,言語に対する歴史的な取組み方にある〉と述べていて,語の意味と並んでその意味の変化および変化の原因を対象としているところに言語学的意味論の独自性がある,とみている。自然言語の記号としての記号の性格と機能,自然言語のもつ同音異義語や多義語にみられる多義性,さらに,そのことからくる危険性などが,論理学的意味論の立場から見た言語学的意味論の問題点と考えている。…

※「シャフ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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