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シリストラ シリストラSilistra

2件 の用語解説(シリストラの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シリストラ
シリストラ
Silistra

ブルガリア北東部,ラズグラド州の都市。ドナウ川にのぞむ河港都市でルーマニア東南部と境を接する。南ドブルジャの肥沃な農業地帯の一中心地で,機械,缶詰,酒造,乳製品,食肉,食用油,繊維,陶器,家具,日用品,有機化学などの工場をもつ。

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世界大百科事典 第2版の解説

シリストラ【Silistra】

ブルガリアの北部,ルーマニアとの国境,ドナウ川の右岸にある都市。別称シリストリアSilistria,古称ドゥロストルムDurostrum。人口7万8000(1990)。豊かな農業地帯の中心都市。食品工業(缶詰,ブドウ酒,乳製品,肉製品),繊維,窯業,鋳造,電算機の工場がある。1世紀に城砦として始まり,ローマ時代から6世紀にかけて要塞と行政拠点であった。971年キエフ・ロシアスビャトスラフ・イーゴレビチの軍団とビザンティン軍との間に衝突があり,その後諸国家の支配を受けたのち,15世紀はじめにオスマン帝国下に入った。

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世界大百科事典内のシリストラの言及

【ドブロジャ】より

…この地を通過した諸民族にはアバール人,スラブ人,ブルガール族,ペチェネグ人,クマン人等があり,ビザンティン時代にはトルコ系のブルガール族やクマン人の独立国家がこの地方を包摂した時期もあった(ドブロジャという名称はクマン人の王朝名ドブロティチDobrotićiに由来するという説もある)。オスマン帝国のバルカン進出にともないこの地の要塞も漸次その手に落ち,1484年以降おもにシリストラのパシャ領に編入された。以後17世紀まではオスマン帝国のウクライナやポーランドへの遠征の軍事拠点となり,帝国の衰退の始まる18世紀以降はロシアにたいする防衛線となった。…

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