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ジラール Girard, Jean Baptiste

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ジラール
Girard, Jean Baptiste

[生]1765.12.17. フライブルク
[没]1850.3.6. フライブルク
フランス系スイス人の教育家。ジラール神父,グレゴアール神父の名で知られ,スイスでは「第2のペスタロッチ」として崇敬された。 17歳でフランシスコ会に入り,ルツェルンで聖職者のための教育を受ける。さらにウュルツブルク大学で神学を学び,文化教育相の秘書,ベルンでの司牧を経て,教職生活に入った。まず 1804~23年フライブルクの小学校,次いで 34年までルツェルンのギムナジウムで教えた。以後引退してフライブルクで『母国語教授論』 De l'enseignement régulier de la langue maternelle (1834) および『教育学講義』 Cours éducatif (44~46) の著述に没頭した。ジラールの教育観は道徳的,宗教的分野を重視するもので規則や事実の詰込みを排し,児童の知性を刺激することを主張した。彼の著作は諸外国の教育に影響を及ぼした。

ジラール
Girard,René

[生]1923.12.25. アビニョン
フランスの批評家,思想家。パリの古文書学校,インディアナ大学に学び,アメリカの大学で教鞭をとる。相互模倣によって形成される「欲望の三角形」の仮説から,セルバンテス以降の近代小説を分析した『欲望の現象学-ロマンティークの虚偽とロマネスクの真実』 Mensonge romantique et vérité romanesque (1961) ,あらゆる文化の起源として,暴力およびその排除のための供犠を想定する『暴力と聖なるもの』 La Violence et le Sacré (1972) で脚光を浴びる。ほかに革新的な聖書読解『世の初めから隠されていること』 Des choses cachées depuis la fondation du monde (1978) ,『贖罪の山羊』 Le Bouc émissaire (1982) など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

ジラール Girard, Prudence Séraphin Barthélemy

1821-1867 フランスの宣教師。
パリ外国宣教会にはいり,香港,琉球をへて安政6年(1859)日本教区長として来日,フランス領事館付司祭兼通訳となる。文久元年,開国後最初の天主堂横浜居留地に建立した。慶応3年11月14日横浜で死去。46歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

大辞林 第三版の解説

ジラール【Girard】

〔Prudence Séraphin Barthélemy G.〕 (1821~1867) フランスのカトリック宣教師。1859年来日、62年横浜に天主堂を建立。日本カトリック教会の復興に尽力し、横浜で没。
〔René G.〕 (1923~ ) フランス生まれのアメリカの文学批評家。模倣欲望の概念を中心として、文化と社会の秩序を説明。著「暴力と聖なるもの」「欲望の現象学」など。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

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