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セントルイス・オリンピック競技大会 セントルイス・オリンピックきょうぎたいかい

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

セントルイス・オリンピック競技大会
セントルイス・オリンピックきょうぎたいかい

アメリカ合衆国のセントルイスを主催都市として行なわれた第3回オリンピック競技大会。1904年7月1日から 11月23日までの約 5ヵ月間続いた。1901年パリで開催された国際オリンピック委員会 IOC総会は次期開催地をシカゴと決定したが,アメリカのセオドア・ルーズベルト大統領の強い意向でルイジアナ購入 100周年記念国際博覧会の付帯事業としてセントルイス開催に変更された。ピエール・ド・クーベルタン IOC会長は前回のパリ・オリンピック競技大会と同じく国際博覧会の一部となってしまったことに落胆し,IOC会長でありながらついに渡米しなかった。大会の催し物として「人類学の日 Anthropology Day」と名づけられた競技会では,アメリカインディアンモロ族パタゴニア人種など民族別の競技会も実施され,日本からはアイヌが参加した。こうした競技構成が人種差別を促し,古代オリンピックの精神に反すると考えたことも,クーベルタンが招待を断った一因となった。ヨーロッパからの参加が少なかったのは,遠方への渡航費調達が困難だったこともあるが,日露戦争の影響でヨーロッパ各国が緊張状態にあったことも大きな理由であった。12ヵ国から約 650人の選手が集まったが,アメリカ以外からの参加者は 100人以下で,その約半数はカナダ人であった。アメリカ選手は 78個の金メダルを獲得し,金銀銅あわせて 230個以上のメダルを獲得した。猛暑のなかで行なわれたマラソンでは,1位でゴールしたアメリカのフレッド・ローツが途中で自動車に乗っていた区間があったことが判明し,失格となった。この大会からボクシングがオリンピック種目になった。

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