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チモール島 チモールトウ

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デジタル大辞泉の解説

チモール‐とう〔‐タウ〕【チモール島】

ティモール島

出典|小学館
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

チモール島
ちもーるとう
Pulau Timor

インドネシアから東チモールにかけての小スンダ列島の東端にある島。同列島最大の島で、北東―南西方向に細長く、長さ480キロメートル、幅16~104キロメートル、面積3万3900平方キロメートル。人口約160万人。全島が山がちな地形をなし、中央部に最高峰のタタマイラウ山(2960メートル)がそびえる。構造的にはアルプス造山帯に属するが、活火山は存在しない。南西部の海岸はサンゴ礁が著しく発達しており、標高1300メートルに達する隆起サンゴ礁が段丘を形成している。気候はサバンナの性格を有し、密林は少なく、年降水量は1500ミリメートル以下である。
 住民は先住民のチモール人が大半を占めるほか、ベルーン人、ポルトガル人、華僑(かきょう)とこれらの混血の人々から構成されている。乾燥度の大きい気候のため、奥地では先住民による焼畑耕作が盛んに行われている。かつてはビャクダンの産地であったが、ポルトガル人とオランダ人の植民以後乱伐したため現在では消滅した。おもな農産物はココヤシ、コーヒー、タバコ、綿花、天然ゴム、コプラなどである。また、沿岸海域はカツオ、マグロの好漁場であるため漁業に従事する住民も多い。
 チモール島の開発は、16世紀の初期にポルトガル人がビャクダンを獲得するため、この島を植民地としたことに端を発する。その後ポルトガルの勢力が衰えるのを見計らって、17世紀初頭にオランダが進出して島の西半分を分割領有した。このオランダ領チモールは、第二次世界大戦時には旧日本軍の占領下に置かれたが、戦後のインドネシア独立と同時にインドネシア領となった。1586年以来ポルトガルの植民地であった東チモールも、1976年にインドネシアに併合されて第27番目の州となった。しかし、併合後も住民による自治・独立を目ざす東チモールの抵抗は続いた。1999年8月、独立の是非を問う住民投票で独立派が勝利、10月にはインドネシア国民協議会が併合撤回、独立を承認した。同年設立の国連東チモール暫定統治機構(UNTAET)の暫定統治下で独立への道を歩み、2001年8月制憲議会選挙を実施、02年4月には初代大統領選挙が行われ、独立運動の指導者シャナナ・グスマンXanana Gusmao(1946― )が当選、同年5月20日国連から行政権限を移譲され東チモール民主共和国として完成独立を果たした。[上野福男]

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