テクネー(読み)てくねー(その他表記)technē

日本大百科全書(ニッポニカ) 「テクネー」の意味・わかりやすい解説

テクネー
てくねー
technē

ギリシア語のテクネーは近代語のtechnique(英語)、Technik(ドイツ語)の語源にあたる語であるが、本来的、逐語的にはart(英語)、Kunst(ドイツ語)に相当する語である。すなわち、テクネーは、その語根teks-が「製作・建築」を表していることからもわかるように、芸術をも含んで広く技術一般を意味するのである。たとえば、絵画彫刻などの諸芸術をはじめ、医学、建築法、弁論術、料理法などおよそ人為による所産に関してテクネーの語が適用され、その意味では自然と対立することにもなっている。このように古代ギリシアでは、人間の制作活動一般に伴う知識や能力が尊重され、それら全体がテクネーの名で統括されていたのである。

 哲学者プラトンの『ゴルギアス』によれば、テクネーは単なる経験から区別されて、対象の本来的性質についての理論的知識(ロゴスlógos)をもつ働きを意味していた。さらに彼は『ソピステス』において、この人間の理性的活動一般としてのテクネーを、諸技術と芸術とに分類し、後者をとくに「模倣技術」とよんだ。これは、ある実在的な事物を模倣すること(ミメーシスmímēsis)によって非実在的な模像を制作する活動であり、この模倣の概念は、芸術の本質規定としてアリストテレスに受け継がれている。

 ところでプラトンにおいてテクネーは、彼の思想において重要な役割を果たしているが、それが神的狂気(マニアmanía)による詩作(ポイエーシスpoíēsis)と対比される場合は、その人為の側面が強調されていた。そのようなテクネーを、プラトンよりも積極的にとらえたのはアリストテレスである。彼の『ニコマコス倫理学』によれば、テクネーは、制作者を始源としてある存在をつくりだす方法を考究する働きを意味しており、「真なるロゴスを伴う制作の能力」と定義されている。すなわち、テクネーとは、単なる知的能力ではなく、学問的認識と経験的判断との間に位置して普遍と個別にかかわる真理認識の能力なのである。これについては、ハイデッガーが、テクネーを、制作活動を通じて一定の真を暴き出すこと(エントベルゲンEntbergen)と解釈したことでよく知られている。また、アリストテレスは『自然学』その他において、実用的な技術については、動物の巣作りに対応する建築等のように自然の合目的性に倣う技術と、医学や政治のように自然を補充する技術とを区別したり、また芸術としての技術については、「模倣技術」の目的を表現としてのミメーシスによる快の生起と規定するなど、テクネーに関する厳密な考察を行っている。このようにテクネーは技術と芸術の両義をあわせもっているが、その原義は、ラテン語のarsにおいてもほぼ変わらず、中世に継承されていくことになる。

[樋笠勝士]

『W. TatarkiewiczHistory of Aesthetics, I(1970, Mouton-PWN, Warszawa)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

今日のキーワード

ベートーベンの「第九」

「歓喜の歌」の合唱で知られ、聴力をほぼ失ったベートーベンが晩年に完成させた最後の交響曲。第4楽章にある合唱は人生の苦悩と喜び、全人類の兄弟愛をたたえたシラーの詩が基で欧州連合(EU)の歌にも指定され...

ベートーベンの「第九」の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android