日本大百科全書(ニッポニカ) の解説
デジタルオーディオテープレコーダー
でじたるおーでぃおてーぷれこーだー
digital audio tape recorder
オーディオ信号をデジタル符号に変換して磁気テープに記録し、再生時にデジタル符号をオーディオ信号に再変換して出力を得るテープレコーダー。広義にはこの原理に従うテープレコーダーすべてを含む一般名である。何種類かのものが製品化されているので、以下それらについて個別に説明する。
[吉川昭吉郎]
DAT(固有名)
デジタルオーディオテープレコーダーの英文名を詰めたものであるが、「DAT」と表記される場合は、特定の規格の固有名を意味するのが一般的である。「ディーエーティー」あるいは「ダット」と読まれる。民生用に使える実用的なデジタルオーディオテープレコーダーの統一規格をつくる目的で、日本の主導で内外の企業が参加してDAT懇談会が設立され、審議の結果、1985年(昭和60)に2種類の規格ができた。一つはS-DAT(Stationary Head DAT:固定ヘッドDAT)、もう一つはR-DAT(Rotary Head DAT:回転ヘッドDAT)である。
S-DATは、従来のオーディオテープレコーダーと同様な固定ヘッドを使うもので、一見簡単そうであるが、録音・再生ヘッドに高度の精細技術が必要で、この解決ができないまま製品が世に出ることはなかった。
R-DATは回転ヘッドを用いたヘリカルスキャン方式を使うもので、この技術はビデオテープレコーダーで実績があり、支障なく実用可能であった。結果的に製品化されたDATはR-DAT方式のみとなった。
R-DATのおもな仕様は、次のとおりである。カセットの寸法は縦・横ともにアナログのコンパクトカセットの約半分、走行方向は1方向のみ、チャンネル数は2、録音時間は13マイクロメートル厚テープで2時間。デジタルデータは、標本化周波数48キロヘルツ、44.1キロヘルツ、32キロヘルツの3種類、量子化ビット数16ビット。標本化周波数48キロヘルツは、コンパクトディスク(CD)の44キロヘルツよりも高く、より広帯域のオーディオ録音・再生が可能である。
DATは、アナログ方式のコンパクトカセットテープレコーダーに比べて小型・軽量であるばかりでなく、記録・再生の周波数帯域、ダイナミックレンジが広く、走行系の不安定による楽音の周波数変動(ワウ・フラッター)が避けられ、番地指定による曲の頭出しを正確に行うことができるなど、多くの長所がある。
最初の販売は1987年で、ソニー、パイオニアなど各社から据え置き型、ポータブル型が発売された。その後最盛期から後期にかけて、種々の高音質化技術も試みられた。
DATは民生用に主眼を置いて発足したシステムであったが、非常に高い性能をもっていたため、業務用として放送局などでの番組製作に使われることも多かった。また、オーディオ用以外のデータ記録にも用いられ、コンピュータの外部メモリーとしても重要であった。
1992年(平成4)にミニディスク(MD)が出現すると、メディアを含めた装置が小型・軽量でコストが低廉、ランダムアクセスが容易、などの利点がユーザーに受け入れられ、これらの点で劣るDATは民生用市場で急速に衰退して、民生用DATの生産は2005年(平成17)に終了、業務用DATは民生用が衰退した後も使われたが、これの生産も2000年代後半には終了した。
[吉川昭吉郎]
DCC
デジタルコンパクトカセットDigital Compact Cassetteの略。「ディーシーシー」と読まれる。オランダのフィリップス社が提案し、1992年に同社と日本の松下電器産業(現、パナソニック)が共同で発表・発売したデジタルオーディオカセットレコーダー。フィリップス社はデジタルへの移行にあたり、新システムに全面更新するのではなく、コンパクトカセットにデジタル機能をもたせて、コンパクトカセットと共存しながらデジタルへのスムーズな移行を図るという方針をとった。その背景には、自社が開発して世界的に広めたコンパクトカセット市場を失わないための戦略と、コンパクトカセットレコーダーを使っている多くのユーザーに対する配慮があった。
この方針のもとに決められたDCCの規格の概要は次のとおりである。
(1)DCCレコーダーで使用できるカセットは、新開発のDCCカセットと在来のコンパクトカセット。
(2)DCCカセットを使ってデジタル録音・再生およびアナログ録音・再生ができ、コンパクトカセットでは再生のみ可能。
(3)DCCカセットのサイズ、テープ速度などは、コンパクトカセットのそれに同じ。
(4)録音・再生ヘッドは固定式。
(5)デジタル録音データは、オーディオ信号の情報をPASC(Precision Adaptive Subband Coding)とよばれる圧縮方式を使って約4分の1に圧縮。
(6)標本化周波数は48キロヘルツ、44.1キロヘルツ、32キロヘルツ、量子化はビット数16ビット。
フィリップス社はDCC普及に力を入れ、ハードウェアだけでなく、ソフトウェアについても多くのDCCミュージックテープを供給した。しかし、DCCはフィリップスの思うように普及することがなく、DATより後発であるにもかかわらず、日本ではDATより早く2000年に製造を終了した。成功しなかった理由の一つに価格があげられる。コンパクトカセットと共存のメカニズムが複雑、固定ヘッドに半導体素子製造と同レベルの超細密技術が必要、DCCテープに微細な磁性体粒子が必要、などいくつかの要素で高度な技術が必要で、最後までDATレコーダーに比べて高価格で販売実績をあげることができなかった。
[吉川昭吉郎]
デジタルマイクロカセット
会議やインタビューに使う目的でソニーが開発した小型のデジタルオーディオカセットレコーダー。再生の読み出しにノン・トラッキング(Non-Tracking)方式を採用していることから、NTカセットなどとよばれ、1992年にNT-1が、1995年に改良型NT-2が発売された。カセットはきわめて小さく、切手大と宣伝された。レコーダーはスクープマンの商品名で販売された。
NT-1のおもな仕様は次のとおりである。カセットのサイズは幅30×奥行21.5×厚さ5ミリメートル、テープ速度は毎秒6.35ミリメートル、チャンネル数は2、録音時間は60分、90分、120分、回転ヘッドによるヘリカルスキャン方式。デジタルデータは標本化周波数32キロヘルツ、量子化ビット数12ビット、音はADPCM(Adaptive Differential PCM、適応差分PCM)という方式で圧縮。
NTカセットは会議のメモ作成などビジネス用のほか、コンピュータのバックアップメモリーなどにも応用された。NTカセットはソニー独自の規格で、製品もソニーに限られた。その後、半導体メモリーを使うデジタルボイスレコーダー(集積回路を使う録音機器)の出現とともにメモ用レコーダーの主力はこちらに移り、1999年のNT-2最終生産によってデジタルマイクロカセットは使命を終えた。
[吉川昭吉郎]