トゥーサン(読み)とぅーさん(英語表記)Allen Toussaint

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

トゥーサン
とぅーさん
Allen Toussaint
(1938―2015)

第二次世界大戦後のアメリカ、ニュー・オーリンズ・ミュージックを代表するミュージシャンの一人。ピアニスト、ボーカリスト、プロデューサー。ドクター・ジョンDr. John(1940― )やミーターズ、ネビル・ブラザーズといった同郷の仲間たちとともに、1960年代末から1970年代にかけて数多くの名作を残した。
 アメリカ深南部の港町ニュー・オーリンズは、これまでジャズを生み育てた場所として広く知られてきた。トゥーサンのような新しい世代は、さらにジャズのルーツでもある黒人とネイティブ・アメリカンの文化とを混合させたいわゆる「マルディ・グラ・インディアン」(マルディ・グラは謝肉祭のこと。祭りから排除された黒人やネイティブ・アメリカンはグループをつくり、独自のスタイルで祭りを祝った。そのグループをマルディ・グラ・インディアンという)のパレード・ミュージックをも紹介し、ニュー・オーリンズ音楽のイメージを一新したのである。
 トゥーサンは、プロフェッサー・ロングヘアーProfessor Longhair(1918―1980)やファッツ・ドミノといった、地元出身の人気ピアニスト/シンガーの影響下からスタートしたミュージシャンだった。また1960年代に入っては、リー・ドーシーLee Dorsey(1924―1986)やアーニー・ケイドゥErnie K-Doe(1936―2001)といった歌手のためのスタジオ・ミュージシャン、プロデューサーとして膨大なレコーディングをこなした。そして、そこでみせた突出した彼の才能が、しだいにロック・ミュージシャンの注目を集めるようになってゆく。
 1970年代なかば、当時「ニュー・オーリンズ詣で」という言葉があったように、トゥーサンをプロデューサー、作曲家として起用し、独特のリズム感覚をもつニュー・オーリンズ・サウンドを使ったヒットがたくさん生み出された。たとえば、ポインター・シスターズの「イエス・ウィ・キャン・キャン」(1973)、ラベルの「レディ・マーマレード」(1974)、このほか、ロバート・パーマーRobert Palmer(1949―2003)や、ポール・マッカートニー&ウィングズらのアルバムなどがそれである。またこういった外からの動きと並行して、地元では、トゥーサンの師であり伝説のピアニストだったプロフェッサー・ロングヘアーが1971年に極貧の生活を送っているところを「再発見」され、一躍世界的な脚光を浴びることになった。
 このように1970年代は、ニュー・オーリンズがアメリカ黒人文化にとって欠かすことのできない重要な場所であることを、改めて世間に知らせることになった時代だった。その中心に立っていたのがトゥーサンであり、ミーターズやネビル・ブラザーズなどだった。[藤田 正]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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