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ナーシル ナーシル al-Nāṣir

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ナーシル
ナーシル
al-Nāṣir

[生]1155頃
[没]1225
アッバース朝第 34代のカリフ (在位 1180~1225) 。母はトルコ人奴隷であるが,同朝後期のカリフのなかで政治権力を掌握していた唯一のカリフ。セルジューク・トルコモンゴルなどの外敵と対決しつつ,内政を厳正にしてイスラム世界の再統一を目指した。

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世界大百科事典 第2版の解説

ナーシル【al‐Nāṣir】

1157か58‐1225
アッバース朝第34代カリフ。在位1180‐1225年。セルジューク朝の内訌によってイラクに権力の空白状態が起きたのを契機に,10世紀半ば以来,軍人・軍事指導者に奪われていた政治権力を取り戻して,聖俗両権を兼備したカリフ体制を復活させようとした。民衆組織フトゥッワの支持を得るとともに,ホラズム・シャー朝シャー(王)をそそのかしてセルジューク朝を滅ぼさせたものの,それ以上の勢力伸張は望めず,かえってシャーに苦しめられた。

ナーシル【al‐Nāṣir Muḥammad】

1285‐1341
マムルーク朝の第10代,13代,15代のスルタン。在位1293‐94年,1299‐1309年,1310‐41年。第8代スルタン,カラーウーンal‐Qalāwūn(?‐1290。在位1280‐90)の息子で,有力アミールたちに推され9歳で即位したが実権はなく,2度目の治世もほぼ同様であった。しかし三たびスルタン位に就いたナーシルは,子飼いのマムルークを養成して政権の基盤を固め,モンゴルと十字軍の脅威が消滅した後の安定した国際環境の下で,もっぱら内政に力を尽くした。

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世界大百科事典内のナーシルの言及

【フトゥッワ】より

…このことからやがて職業や宗派別の集団をフトゥッワと呼ぶ慣行が生まれ,12世紀後半のバグダードにはこの種の集団・結社が五つあったといわれる。アッバース朝カリフ,ナーシル(在位1180‐1225)はこれらのフトゥッワを統一して,ウラマー,軍人,高級官僚などをこれに帰属させることにより,かつてのように強大なカリフ権の復活をもくろんだ。その野心的な試みはモンゴル軍のバグダード侵入によって無に帰したものの,ナーシルの理想は小アジアのアヒー(兄弟団)に受け継がれ,13~14世紀へかけて特定の守護聖者をまつる宗教的職業ギルドが多数形成された。…

【マムルーク朝】より

…彼はアッバース朝カリフの擁立やバリード(駅逓)網の整備によって国内体制の強化に努め,外に対してはシリアに残存する十字軍勢力と戦う一方,キプチャク・ハーン国と結んでイル・ハーン国の西進を阻止,またヌビアにも遠征して西アジアにマムルーク朝の覇権を確立した。その成果はカラーウーン家の歴代スルタンに受け継がれ,14世紀初頭のナーシル時代に王朝は最盛期を迎えた。安定した政権の下に農業生産は発展し,商品作物としてのサトウキビ栽培が普及するとともに,都市の織物業も目覚ましい繁栄ぶりを示し,これを基礎にカーリミー商人や奴隷商人がインド洋と地中海貿易に活躍した。…

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