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ニムルド Nimrud

世界大百科事典 第2版の解説

ニムルド【Nimrud】

イラク北部,モースルの南約35kmのティグリス川東岸に位置し,アッシュールナシルパル2世が前879年から建設したアッシリアの首都の王城跡。首都の遺跡名としても使われる。アッシリア時代の都市名はカルフKalhu,《創世記》にはニムロデの建てたカラとある。イギリスのA.H.レヤードらが19世紀半ばに王城の宮殿跡を発掘し,宮殿装飾に用いられた浮彫や人面有翼獅子像などを大英博物館で展示して,ヨーロッパ世界に大センセーションを巻き起こした。

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世界大百科事典内のニムルドの言及

【アッシリア】より

…この王の遠征に次ぐ遠征,串刺し・皮はぎなど反乱住民に対する徹底した残虐行為,住民根こそぎの大量強制移住政策は,この国を〈アッシリアの狼〉の名で恐れさせるにいたった。しかしこの王には,あえてバビロニアに大規模な攻撃を加えて蹂躙(じゆうりん)せず,同根の文化と宗教を持つこの隣接先進地域との相互交易と文化交流に努めたり,カルフ(ニムルド)を再建してこれを首都とし,広大な宮殿を造営して,その治世中に早くも帝国の文化センターとする,という側面もあった。次王シャルマネセル3世Shalmaneser III(在位,前858‐前824)は領土をさらに拡大した。…

【アッシリア美術】より

… 前1千年紀に入ると,歴代諸王が版図を逐次拡大し,美術も突如として華やかな様相を呈するようになる(後期アッシリア時代)。前9世紀の征服王アッシュールナシルパル2世Assurnasirpal II(在位,前883‐前859)は,カルフKalhu(現,ニムルド)に新都を造営し,大規模な北西宮殿を建設した。宮殿の主要な入口には,アラバスター製の人面獣身の守護像が置かれ,また玉座室を中心とする一画と中心の中庭とは,薄肉浮彫を施した多数のアラバスター製オルトスタトorthostat(画像石板)で飾られた。…

※「ニムルド」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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