ハイレ ゲブレシラシエ(英語表記)Haile Gebrselassie

現代外国人名録2016「ハイレ ゲブレシラシエ」の解説

ハイレ ゲブレシラシエ
Haile Gebrselassie

職業・肩書
マラソン選手,陸上選手(長距離) アトランタ五輪・シドニー五輪陸上男子1万メートル金メダリスト

国籍
エチオピア

生年月日
1973年4月18日

出生地
アディスアベバ

経歴
1993年世界選手権の1万メートルで金メダル、5000メートル銀メダル。’94年陸上アドリアーン・ポーレン大会の5000メートルで12分56秒96の世界記録をマーク。’96年室内陸上競技会(シュトゥットガルト)の3000メートルで7分30秒72の世界記録をマーク。同年アトランタ五輪1万メートル金メダル。’97年2月ストックホルムで5000メートル12分59秒04の室内世界記録を、5月の陸上アドリアーン・ポーレン大会では2マイル(約3.2キロ)で8分1秒08の世界記録をマークし優勝。7月にはオスロで1万メートル26分31秒32の世界記録を達成。8月世界選手権1万メートル金メダル。同月チューリヒで5000メートル12分41秒86をマークし、自らの持つ世界記録を更新。’98年1月ドイツ・カールスルーエでの国際室内競技会で3000メートル7分26秒16をマークし、再び世界記録。6月ポーレン記念大会で1万メートル26分22秒75の世界記録、エリクソングランプリ5000メートルで12分39秒36の世界記録で優勝。’99年英国バーミンガムでの室内競技会5000メートルで12分50秒38の室内世界記録をマーク、8月世界選手権1万メートルで4連覇。2000年シドニー五輪1万メートル2連覇。2001年の世界選手権1万メートルは銅メダル。2004年アテネ五輪では1万メートルで5位に終わる。五輪後マラソンに転向。2005年アムステルダム・マラソンに勝ち、2006年福岡国際マラソン優勝。2007年ベルリン・マラソンで従来の記録を29秒も短縮する2時間4分26秒をマークし2連覇。2008年1月ドバイ・マラソン優勝。8月の北京五輪は中国の大気汚染を理由にマラソンを欠場し、1万メートルは6位入賞。9月のベルリン・マラソンは従来の記録を27秒短縮する2時間3分59秒の世界記録で3連覇。2009年の同大会は自身の世界記録更新は逃したが4連覇を達成。2010年ドバイ・マラソン3連覇。同年11月ニューヨークシティ・マラソンを膝痛のため途中棄権した後、突然引退を表明したが、直後撤回。2011年2月の東京マラソンは両膝痛で欠場。9月ベルリン・マラソン棄権、パトリック・マカウ(エチオピア)に世界記録を破られた。2015年5月競技生活からの引退を表明。5000メートルと1万メートルを含め世界記録を27度も樹立。“皇帝”の異名をとり、エイズ撲滅運動などにも取り組むエチオピアの英雄。その無敵ぶりに1999年米国で自伝映画「Endurance(忍耐)」が製作され、自身や家族が出演した。165センチ、56キロ。警察官。

出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2016」現代外国人名録2016について 情報

最新 世界スポーツ人名事典「ハイレ ゲブレシラシエ」の解説

ハイレ ゲブレシラシエ
Haile Gebrselassie
マラソン

マラソン選手;陸上選手(長距離)
生年月日:1973年4月18日
国籍:エチオピア
出生地:アディスアベバ
経歴:1993年世界選手権の1万メートルで金メダル、5000メートル銀メダル。’94年陸上アドリアーン・ポーレン大会の5000メートルで12分56秒96の世界記録をマーク。’96年室内陸上競技会(シュトゥットガルト)の3000メートルで7分30秒72の世界記録をマーク。同年アトランタ五輪1万メートル金メダル。’97年2月ストックホルムで5000メートル12分59秒04の室内世界記録を、5月の陸上アドリアーン・ポーレン大会では2マイル(約3.2キロ)で8分1秒08の世界記録をマークし優勝。7月にはオスロで1万メートル26分31秒32の世界記録を達成。8月世界選手権1万メートル金メダル。同月チューリヒで5000メートル12分41秒86をマークし、自らの持つ世界記録を更新。’98年1月ドイツ・カールスルーエでの国際室内競技会で3000メートル7分26秒16をマークし、再び世界記録。6月ポーレン記念大会で1万メートル26分22秒75の世界記録、エリクソングランプリ5000メートルで12分39秒36の世界記録で優勝。’99年英国バーミンガムでの室内競技会5000メートルで12分50秒38の室内世界記録をマーク、8月世界選手権1万メートルで4連覇。2000年シドニー五輪1万メートルで金メダルを獲得。2001年の世界選手権1万メートルは銅メダル。2004年アテネ五輪では1万メートルで5位に終わる。五輪後マラソンに転向。2005年アムステルダム・マラソンに勝ち、2006年福岡国際マラソン優勝。2007年ベルリン・マラソンで従来の記録を29秒も短縮する2時間4分26秒をマークし2連覇。2008年1月ドバイ・マラソン優勝。8月の北京五輪は中国の大気汚染を理由にマラソンを欠場し、1万メートルは6位入賞。9月のベルリン・マラソンは従来の記録を27秒短縮する2時間3分59秒の世界記録で3連覇。2009年の同大会は自身の世界記録更新は逃したが4連覇を達成。2010年ドバイ・マラソン3連覇。同年11月ニューヨークシティ・マラソンを膝痛のため途中棄権した後、突然引退を表明したが、その後撤回。2011年2月の東京マラソンは両膝痛で欠場。9月ベルリン・マラソン棄権、パトリック・マカウ(エチオピア)に世界記録を破られた。5000メートルと1万メートルを含め世界記録を27度も樹立。“皇帝”の異名をとり、エイズ撲滅運動などにも取り組むエチオピアの英雄。その無敵ぶりに1999年米国で自伝映画「Endurance(忍耐)」が製作され、自身や家族が出演した。165センチ、56キロ。警察官。

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