家庭医学館
「バセドウ病」の解説
ばせどうびょうぐれーぶすびょう【バセドウ病(グレーブス病) Basedow Disease, Graves Disease】
◎20~30歳代の女性に多い
[どんな病気か]
◎特徴的な3つの症状
[症状]
[原因]
[検査と診断]
◎効果が高いのは外科的治療
[治療]
[日常生活の注意]
[どんな病気か]
自分のからだの一部と反応する物質(抗体(こうたい)という)ができ、免疫(抗原抗体(こうげんこうたい))反応がおこることにより生じる病気(自己免疫疾患(じこめんえきしっかん)(免疫のしくみとはたらきの「[自己免疫疾患とは]」))と考えられています。
免疫異常がおこると、血液中に甲状腺を刺激する物質が、抗体としてたくさんできてしまい、それが甲状腺のはたらきを活発にするために、甲状腺ホルモンが過剰に分泌されてしまうわけです。
この病気は、人口10万人に対し約80人の割合でみられます。女性に多く(男性の3~5倍)、とくに20~30歳代にもっとも多く、ついで40歳代の順に多くみられます。
[症状]
まず、甲状腺(こうじょうせん)が腫(は)れて大きくなるため(甲状腺腫(こうじょうせんしゅ))、くびが太くなったようにみえます。また、脈が速くなって数が増え、1分間に120くらいになることもあります(頻脈(ひんみゃく))。このため、安静にしていても動悸(どうき)を感じることがあります。そして、約半数の人に、眼球(がんきゅう)が前方に突き出る眼球突出(がんきゅうとっしゅつ)の症状がみられます。
甲状腺腫、頻脈、眼球突出が代表的症状(メルセブルグの三主徴(さんしゅちょう))です。
そのほか、汗をかきやすい、手指が震える(振戦(しんせん))、からだがだるい、食欲が旺盛(おうせい)にもかかわらず体重が減ってやせてくる、神経過敏になり精神的に不安定になる、下痢(げり)が続くといった症状もあり、女性では月経異常(げっけいいじょう)(無月経(むげっけい)など)がおこることもあります。
診察をすると、微熱、高血圧(とくに最高血圧の上昇)、不規則な脈(心房細動(しんぼうさいどう)などの不整脈(ふせいみゃく))もみられます。
●甲状腺機能亢進症の合併症
甲状腺機能亢進症が続くと、つぎのような病気をともなうことがあります。
■バセドウクリーゼ(甲状腺(こうじょうせん)クリーゼ)
バセドウ病の症状が突然に悪化するとともに、発熱、悪心(おしん)(気持ちが悪くなる)、嘔吐(おうと)、精神の不安、不眠などがおこり、興奮状態におちいるものです。意識障害をおこして、死亡することもあります。このような状態を、バセドウクリーゼといいます。
感染症、精神的ストレス、糖尿病性ケトアシドーシス(糖尿病の「[病気の経過と症状]」)、副腎不全(ふくじんふぜん)(「急性副腎不全(副腎クリーゼ)」)、妊娠・分娩(ぶんべん)、手術などでおこりますが、手術後におこるバセドウクリーゼは、きわめて少なくなっています。
治療は、抗甲状腺薬や無機ヨード剤の内服という甲状腺機能亢進症そのものの治療のほか、頻脈や心臓の冠状動脈(かんじょうどうみゃく)に不全があれば、強心薬や冠状動脈拡張薬が使われます。脱水(だっすい)症状には輸液療法が行なわれ、感染があれば抗生物質が、ストレスやショックにはステロイド(副腎皮質ホルモン)が、血圧上昇など交感神経の緊張があれば交感神経遮断薬が使用されます。
■甲状腺中毒性(こうじょうせんちゅうどくせい)ミオパシー
著しい筋肉の萎縮(いしゅく)や筋力の低下がおこるもので、四肢(しし)の近位筋(きんいきん)(肩や股(また)の関節近くの筋肉)にみられます。中年以降の男性に多くみられますが、バセドウ病の治療とともに軽快し、治ります。
■甲状腺中毒性周期性四肢(こうじょうせんちゅうどくせいしゅうきせいしし)まひ
周期的に四肢がまひして動かなくなります。日本、中国、米国在住の東洋人に多くみられ、大部分が男性です。まひの発作は、夕食後に始まることが多く、過食を避けることで予防できます。
バセドウ病を治療すれば治りますが、電解質異常をともなうまひもみられることから、カリウム製剤が使用されることもあります。
■そのほかの合併症
バセドウ病をきっかけとして、悪性の眼球突出症や、眼球突出性眼筋(がんきゅうとっしゅつせいがんきん)まひ、重症筋無力症(じゅうしょうきんむりょくしょう)(「重症筋無力症」)などがおこることもあります。
[原因]
バセドウ病の人の血液中には、甲状腺を刺激する免疫(めんえき)グロブリン(抗体)が見つかります。これは、甲状腺のホルモン分泌細胞(濾胞上皮細胞(ろほうじょうひさいぼう))の表面にあるTSHレセプター(甲状腺刺激ホルモン受容体)に対する抗体であると考えられています。
バセドウ病は、血のつながった家族に発生しやすいことが、古くから知られています。とくに、一卵性双生児(いちらんせいそうせいじ)の1人がバセドウ病の場合、もう一方の人の半数にバセドウ病がおこります。このことから、発病には遺伝的な体質が関係していると考えられています。
[検査と診断]
採血して、血液中に含まれるホルモン量などを測定し、甲状腺のはたらきを調べます。
血液中の甲状腺ホルモンとして、バセドウ病では、トリヨードサイロニン(T3)、サイロキシン(T4)の2種のホルモンの量が増えます。甲状腺の機能の状態を調べるうえでは、とくに活性型(そのままホルモンとしてはたらく)の遊離型甲状腺(ゆうりがたこうじょうせん)ホルモン(フリーT3、フリーT4)の値が重要です。
また、バセドウ病では、下垂体(かすいたい)から分泌されるTSHの量は、検査してもわからないほど低い値となります。
弱い放射線を放つヨード(123I、131I)を内服し、甲状腺にとりこまれる割合を調べる甲状腺放射性(こうじょうせんほうしゃせい)ヨード摂取率試験(せっしゅりつしけん)を行なうと、バセドウ病の場合、とりこまれるヨード値が高くなります。下垂体からのTSH分泌を抑制するためにT3剤を7日間内服しても(T3抑制試験)、その取り込み率は減りません。
血液中の甲状腺刺激物質(抗体)の測定は、TSH受容体抗体、甲状腺刺激抗体などが用いられ、バセドウ病の診断とともに、治療の効果を調べる場合にも利用されています。
また、甲状腺の自己抗体(じここうたい)として、抗マイクロゾーム抗体、抗サイログロブリン抗体があります。バセドウ病では、抗マイクロゾーム抗体の陽性率は高いのですが、抗サイログロブリン抗体の陽性率は約3分の1にすぎません。
一般的な検査では、基礎代謝率が高く、発病の初期には白血球数(はっけっきゅうすう)の減少がしばしばみられます。また、血清(けっせい)中のアルカリホスファターゼが上昇し、コレステロールは低下します。
[治療]
バセドウ病が疑われたら、内分泌、とくに甲状腺を専門とする医療機関を受診してください。
現在よく行なわれている治療は、甲状腺ホルモンの合成を抑える薬(抗甲状腺薬)を内服する薬物療法、甲状腺を切除しホルモンの分泌を抑える手術療法、放射性ヨードを使って甲状腺を破壊する放射性ヨード( 131I)療法の3つです。
これらを行なっても、血液中の甲状腺ホルモンが正常化するまでには少し時間がかかり、この間の諸症状を抑える対症療法として、精神安定剤や交感神経遮断薬などがよく使用されます。
●薬物療法
抗甲状腺薬(こうこうじょうせんやく) 現在、日本では、プロピルチオウラシル(PTU、チウラジール)と、チアマゾール(MMI、メルカゾール)の2種類が使われています。20~30歳代で、甲状腺の腫(は)れが小さく、発症後間もない軽症の患者さんに、よく用いられます。
1日6錠(まれには8~9錠)の内服から始め、その後しだいに減量していって、4~6か月後には1日2~3錠の内服を続けるのがふつうです。
このころになると、バセドウ病の症状は消えますが、内服を中断すると、かならずといってよいほど再発します。そのため、少なくとも1年間は、1日1~2錠、場合によっては2日に1錠の割合で内服を続ける必要があります。
抗甲状腺薬は、胎盤(たいばん)を通過して胎児に影響を与えるため、妊婦の場合は1日3~4錠の量にとどめます。また、乳汁(にゅうじゅう)中にも出てくるため、授乳中の女性には使用しません。薬物療法が必要な場合は、授乳を中止し、人工乳にきりかえてもらうことになります。
副作用としては、ときに皮膚の発疹(ほっしん)、肝臓の障害、発熱などがみられます。このような副作用がみられたときは、抗アレルギー薬、解熱薬(げねつやく)などを使用するとともに、抗甲状腺薬の種類を変えることもあります。
また、白血球の減少症や、白血球のうち顆粒球(かりゅうきゅう)(好中球(こうちゅうきゅう))が消えてしまう無顆粒球症(むかりゅうきゅうしょう)がおこることもあります。抗甲状腺薬を服用している患者さんの0.3%ほどですが、とくに注意が必要なのは無顆粒球症です。抗甲状腺薬の内服を始めてから4~8週間後に、高熱、激しい咽頭(いんとう)の痛み、全身の倦怠感(けんたいかん)(だるさ)などが現われ、ときに生命にかかわることもあります。ただちに抗甲状腺薬の内服をやめ、抗生物質、副腎皮質ホルモンなどによる治療が開始されます。
無機(むき)ヨード剤(ざい) 甲状腺ホルモンの分泌を抑える薬で、速く効きますが、作用が続かないため、現在では、手術をする前の処置や、バセドウクリーゼの治療にかぎって用いられています。
●手術療法
甲状腺亜全摘出術(こうじょうせんあぜんてきしゅつじゅつ) 甲状腺のごく一部を残して切除し、ホルモン分泌を抑える治療法です。妊娠・出産を予定している女性、甲状腺腫が大きく、機能亢進の程度が著しい人、薬物療法を受けているが治る見込みのない人、早く確実に治したいと希望する人などに対して行なわれます。
手術は、全身麻酔のもとに行なわれ、2週間前後の入院が必要です。手術前に薬物療法を行なって、一時的にでも甲状腺の機能を正常にしておくことが必要で、このために抗甲状腺薬がよく用いられます。同時に、無機ヨード剤、副腎皮質(ふくじんひしつ)ホルモン、交感神経遮断薬が使われる場合もあります。
この方法は、再発したり、甲状腺機能低下症(「甲状腺機能低下症とは」)をおこしたりすることがきわめて少なく、約90%の人が治る治癒率(ちゆりつ)の高い治療法です。しかし、前頸部(ぜんけいぶ)に、手術による傷跡(瘢痕(はんこん))が残るという欠点があります。
なお、心臓病などの重い病気のある人にはこの治療法は行なわれません。
●放射性ヨード(131I)療法
放射性ヨードを含んだカプセルを内服するだけでよいのですが、アイソトープ病棟(放射性物質を処理できる病棟)に、少なくとも10日~2週間は入院しなければなりません。
この治療の対象となるのは、40歳以上の人で、抗甲状腺薬がきかない人、手術後に再発した人、心臓病などがあるために手術ができない人などです。
放射性ヨードを使いますが、白血病や甲状腺がんの発生、遺伝子への影響といった危険性は否定されています。
しかし、胎児(たいじ)への影響を考えて、妊娠中や授乳中の女性、近い将来に妊娠を希望する女性には行ないません。
問題は、治療後、年月がたつと、甲状腺機能低下症(こうじょうせんきのうていかしょう)になりやすいことです。
[日常生活の注意]
甲状腺機能亢進症では、発病の初期に心身の安静を保つことが、神経過敏などの精神神経症状や動悸などを軽くするために効果があります。
海藻類などのヨード分は、とくに過食でなければ、食べてもかまいませんが、甲状腺放射性ヨード摂取率試験や放射性ヨード療法を受けるときは、厳重にヨードの摂取量を制限します。
抗甲状腺薬の内服は、1日といえども欠かさず、1年、2年と根気よく続けなければなりません。また、比較的大量の抗甲状腺薬を内服中の女性、放射性ヨード療法を受けた女性は、医師の許可があるまで避妊を行ないます。
自己免疫疾患(じこめんえきしっかん)は、妊娠によって病状が変わることがよくあり、バセドウ病でも、出産後一時的に中毒症状が悪化することがあるため、注意が必要です。
出典 小学館家庭医学館について 情報
バセドウ病
どんな病気でしょうか?
●おもな症状と経過
甲状腺(こうじょうせん)は甲状腺ホルモンというホルモンをつくっている器官ですが、バセドウ病はこの甲状腺の働きが高まり、血液中の甲状腺ホルモンが過剰になる状態(甲状腺機能の亢進(こうしん))です。
甲状腺ホルモンは体の新陳代謝を促進するホルモンであり、血液中の甲状腺ホルモンの量が増加すると、全身の代謝が過度になります。甲状腺の働きが高まる原因はいくつもありますが、日本ではほとんどがバセドウ病によるものです。
バセドウ病では、代謝のスピードが速まるので、動悸(どうき)が激しくなる、頻脈(ひんみゃく)(脈が速くなる)、体温が上昇して汗をかきやすくなる、食欲が増し、食べる量が増えているのに体重が減少する、いらいらしたり怒りっぽくなったりする、眠れなくなるなど、さまざまな全身症状が現れます。当初は症状が軽く、進行もゆっくりであるため、病気であると気づかないことも少なくありません。そのほか甲状腺が腫(は)れる、手指のふるえ、眼球が飛びだしたり目つきが鋭くなったりする、月経不順、不妊症などの症状がみられることもあります。お年寄りの場合は、これらの症状がはっきりでないで、不整脈(ふせいみゃく)や心不全(しんふぜん)となって発見される場合もあります。
●病気の原因や症状がおこってくるしくみ
バセドウ病は、本来は体に侵入してきた外敵、異物に対しておこるはずの免疫反応が自分の体に対しておきてしまう自己免疫疾患のひとつです。なんらかの原因によって自分の甲状腺に対し免疫反応がおこると、抗体(自己抗体)が甲状腺を異常に刺激して、過剰に甲状腺ホルモンがつくられることになります。
発症のきっかけには、妊娠、出産、感染、ストレスなどが関与していると考えられています。また遺伝的な要素もあると考えられています。
免疫異常がおこるメカニズムは次のようなものです。
通常、体内では血液中の甲状腺ホルモンが増えすぎたり、足りなくなったりしないように調節されています。この調節を担っているのが脳の下垂体(かすいたい)から分泌されている甲状腺刺激ホルモンです。甲状腺刺激ホルモンは甲状腺を刺激して甲状腺ホルモンの合成を促進しますが、血液中の甲状腺ホルモンの量によって分泌量が変化するしくみになっています。甲状腺ホルモンの量が増えれば甲状腺刺激ホルモンが減り、逆に甲状腺ホルモンが減少すれば甲状腺刺激ホルモンが増加します。
甲状腺の細胞の表面には、甲状腺刺激ホルモンと結合するための受容体(レセプター)があって、このレセプターと甲状腺刺激ホルモンはちょうど鍵穴(かぎあな)と鍵のような関係になっています。鍵穴に鍵を入れ込むように、レセプターに甲状腺刺激ホルモンが結合することで、甲状腺が刺激され、甲状腺ホルモンがつくられ始めます。
バセドウ病では、このレセプターに対する自己抗体(免疫グロブリン)がつくられ、それが次々とレセプターと結合して甲状腺を刺激し続けるために、甲状腺ホルモンが過剰につくられ、血液中のホルモン量が異常に増加することになります。
この自己抗体がなぜ、どのようにしてつくられてしまうかについては現在のところわかっていませんが、ストレスや喫煙、ウイルスなど微生物の感染などが引きがねになるのではないかと推測されています。
●病気の特徴
一般に女性に多い病気です。40歳以上の女性のうち1000人中2~6人いるといわれています。しかし、自律神経(じりつしんけい)失調症や更年期障害などほかの病気にまちがえられやすく、潜在的な患者数もかなりあると考えられています。
よく行われている治療とケアをEBMでチェック
[治療とケア]薬物療法を行う
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 国内では最初に試みられることが多い治療です。抗甲状腺薬を用い、甲状腺ホルモンの合成を阻害することがおもな効果ですが、バセドウ病の原因である免疫異常を改善することも期待されています。非常に信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されています。また、抗甲状腺薬、放射性ヨード療法、手術療法の三つの治療を比較した非常に信頼性の高い臨床研究では、とくに効果が劣る結果のでた治療はありません。(1)~(5)
[治療とケア]放射性ヨード療法を行う
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 放射性ヨードを内服し、甲状腺の細胞を破壊するのが放射性ヨード療法です。これはヨードが甲状腺だけに選択的に取り込まれる性質を利用しています。甲状腺の細胞が破壊され減少することで甲状腺ホルモンの過剰な分泌を抑えます。
抗甲状腺薬では治療困難な場合や、きちんとした服薬が困難な場合などに行われ、逆に妊娠・授乳中や妊娠の予定がある場合は行われません。全体として、抗甲状腺薬治療よりも少し早く甲状腺機能が正常化するとされています。ただし、バセドウ病眼症(眼球突出など)が悪化している場合、さらに症状が悪化する場合があるとされています。
再発は抗甲状腺薬治療より少ないとされています。治療後、長期的にみると甲状腺機能低下症になるケースがあります。この場合、甲状腺ホルモン薬を服用し、甲状腺機能を正常に保ちます。これらのことは非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。(4)(6)
[治療とケア]手術療法を行う
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 大きくなった甲状腺の大部分を切除し、亢進した機能を正常化させます。甲状腺腫(こうじょうせんしゅ)が大きい場合、またなるべく早く改善したい場合、抗甲状腺薬では治療困難な場合に行われます。治療効果がほかの治療と比べて早く確実に得られるとされています。手術の合併症としては、副甲状腺機能低下症や声帯麻痺(せいたいまひ)などがあげられます。
再発もほかの治療法と比べて少ないとされています。手術後、甲状腺機能低下症になる場合があります。これらのことは非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。(4)
[治療とケア]ステロイドパルス療法を行う
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 数日間、大量の副腎皮質(ふくじんひしつ)ステロイド薬を点滴静脈注射し、その後急速に減量し終了する治療で、甲状腺機能亢進症による眼球突出が激しい場合に行われます。臨床研究では副作用も比較的少なく、効果が高いとされています。(6)
[治療とケア]β遮断薬を用いる
[評価]☆☆
[評価のポイント] 動悸、頻脈、ふるえ、不安といった甲状腺機能亢進症に伴った症状を緩和(かんわ)します。バセドウ病に対するβ遮断薬の効果を認める臨床研究はありませんが、ふるえや不安などに対する効果は広く支持されています。(7)
よく使われている薬をEBMでチェック
抗甲状腺薬
[薬名]メルカゾール(チアマゾール)(1)~(4)
[評価]☆☆☆☆☆
[薬名]プロパジール/チウラジール(プロピルチオウラシル)(1)~(4)
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 抗甲状腺薬は、非常に信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されており、バセドウ病の標準的な治療のひとつです。
放射性ヨード
[薬名]ヨウ化ナトリウム(131I)(1)(3)(4)
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 放射性ヨードは、非常に信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されており、バセドウ病の標準的な治療のひとつです。
副腎皮質ステロイド薬
[薬名]プレドニン(プレドニゾロン)(7)
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 眼球突出に対して使用されます。臨床研究によって効果が確認されています。
総合的に見て現在もっとも確かな治療法
三つの治療から選択する
バセドウ病に対する三つの治療(抗甲状腺薬による薬物療法、放射性ヨード療法、手術療法)のいずれも、高まった甲状腺機能を抑えるという意味での有効性は確実に実証されています。したがって、患者さんの病状(年齢、妊娠・授乳中かどうか、甲状腺の大きさ、症状の強さなど)、それぞれの治療に伴う副作用、合併症、治療の煩雑(はんざつ)さ、費用などについて総合的に考えたうえで、まずどの治療法を用いるのかを決定します。
日本ではまず抗甲状腺薬を用いる
わが国では、抗甲状腺薬による薬物療法が最初に試みられることが多くなっています。ほとんどのケースが、薬を飲み始めて6~8週ごろまでに甲状腺機能が正常化します。甲状腺の機能を示す甲状腺ホルモンや甲状腺刺激ホルモンの量を指標にして使用量を調節していきます。服薬の中止を考えるひとつの目安が甲状腺を刺激する自己抗体の消失で、消失が確認されてから、さらに約1~2年間は服薬を続けます。
抗甲状腺薬の副作用としては、発疹(ほっしん)、肝機能障害、関節痛、無顆粒球症(むかりゅうきゅうしょう)(白血球の顆粒球がなくなる病気)などがあります。とくに、突発的な発熱が生じた場合には、無顆粒球症の可能性があるので、早期に医療機関を受診するべきです。
抗甲状腺薬は服薬を中止するとしばしば再発し、中止後も寛解(かんかい)状態(症状がおさまっている状態)が持続して、治癒が得られるのは20~30パーセント程度とされています。薬の量の調節や副作用があるかどうかをチェックするために、薬を飲み始めた初期のころは、2~4週間に一度くらいの間隔で通院が必要です。
病状に合わせ、放射性ヨード療法、手術を検討
抗甲状腺薬では治療が困難な患者さんや、副作用によって薬の服用が続けられなくなった患者さんで、妊娠・授乳中ではない場合に、放射性ヨード療法が選択されます。この治療は、放射性ヨードを使用するもので、副作用はほとんどありませんが、甲状腺機能が低下してしまうことがあります。
また、甲状腺腫が著しく大きかったり、なるべく早く甲状腺機能を正常に戻さなくてはならなかったりする場合などは手術療法が選択されます。手術療法は早く、確実に治りますが、再発がまったくないわけではなく、入院が必要であるという負担もあります。いずれにしても、三つの治療について、メリットとデメリットを十分知ったうえで、医師と相談して決定するとよいでしょう。(1)Wartofsky L, Glinoer D, Solomon B, et al. Differences and similarities in the diagnosis and treatment of Graves' disease in Europe, Japan, and the United States. Thyroid. 1991;1:129-135.
(2)Weetman AP. The immunomodulatory effects of antithyroid drugs. Thyroid. 1994;4:145-146.
(3)Allannic H, Fauchet R, Orgiazzi J, et al. Antithyroid drugs and Graves' disease: a prospective randomized evaluation of the efficacy of treatment duration. J Clin Endocrinol Metab. 1990;70:675-679.
(4)Weetman AP. Graves' disease. N Engl J Med. 2000;343:1236-1248.
(5)Torring O, Tallstedt L, Wallin G, et al. Graves' hyperthyroidism: treatment with antithyroid drugs, surgery, or radioiodine-a prospective, randomized study. Thyroid Study Group. J Clin Endocrinol Metab. 1996;81:2986-2993.
(6)Prummel MF, Wiersinga WM. Medical management of Graves' ophthalmopathy. Thyroid. 1995;5:231-234.
(7)Geffner DL, Hershman JM. Beta-adrenergic blockade for the treatment of hyperthyroidism. Am J Med. 1992;93:61-68.
出典 法研「EBM 正しい治療がわかる本」EBM 正しい治療がわかる本について 情報
知恵蔵
「バセドウ病」の解説
バセドウ病
免疫の異常により起こる自己免疫疾患。血液のなかに自分の甲状腺を攻撃する物質(自己抗体)ができ、そのために甲状腺が肥大し、甲状腺ホルモンが過剰に分泌されて甲状腺機能亢進(こうしん)症を起こす。
甲状腺ホルモンは、全身の代謝を促す働きをするホルモンである。これが過剰に分泌されると新陳代謝が活発になり、脈拍が速くなったり、異常に汗をかくようになったりする。動悸(どうき)や息切れしやすい、疲れやすい、暑がりになる、などもバセドウ病の特徴である。
先日、バセドウ病で闘病中であることを発表した歌手の絢香も、動悸や息切れにより歌うことが困難だったとコメントしている。
この他、手が震える、食欲はあるのにやせる、月経不順、無月経、不妊などの症状が出ることがある。精神的には、いらいらしやすく、感情的になりやすい、集中力低下などの特徴が見られる。
また、顔つきがきつくなる、眼がぎらぎらと輝くなどの容貌(ようぼう)の変化が表れ、病気が進行すると眼球が飛び出たような症状が出ることもある。首の付け根にある甲状腺が腫れて、首が太くなったように見えることもある。
バセドウ病は、遺伝的素因と環境的な要素が組み合わされて発症すると考えられている。遺伝的にバセドウ病になりやすい人が、精神的な打撃や大きなストレスを受けたときに発症しやすいと言われる。15~50歳の女性に多く、男性よりも女性の発症率が高い。
治療法は、薬による治療、手術による治療、放射線治療の3種類がある。特に事情がない限りは薬物療法が第一選択となる。薬物療法による治療は長期(1~2年以上)にわたるが、病気を正しく理解し、適切な治療を受ければ普通に生活できる病気である。
ただし、治療をしないでいると、心臓や他の臓器に過度のストレスを与えることになり、突然甲状腺の機能が極端に亢進され、致死的な不整脈やショック症状を起こす「甲状腺クリーゼ」を引き起こすこともあるため、気になる症状があれば、早めに医療機関に相談することが大切である。
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
バセドウ病
ばせどうびょう
甲状腺(せん)がほぼ一様に腫(は)れて、そこからホルモンが大量に分泌されるためにおこる疾患で、約半数は眼球突出を伴う。ドイツの医師バセドウが最初に報告したので、この名がつけられた。
男女比は一対四くらいで女性に多く、20~30歳代に多い。わが国には患者が数万人いると考えられる。原因は不明であるが、最近は、自己免疫により甲状腺を刺激する抗体が出現するためと考えられている。症状としては、動悸(どうき)、発汗、手指の震え、だるさ、体重減少、食欲亢進(こうしん)、精神的不安定、不眠、微熱、下痢、月経不順などがあげられる。診断には、血中の甲状腺ホルモン(サイロキシンとトリヨードサイロニン)の測定が用いられる。
治療としては、内科的に抗甲状腺剤(メルカゾール、チウラジールまたはプロパジール)を服用すると2~3か月で症状はほぼ消失し、1年くらい服用を続けると、中止後も約半数は治癒する。そのほか、対症療法としてはβ(ベータ)遮断剤が用いられる。薬剤で治療しないときには、放射性ヨードを服用すると、その大部分が甲状腺に集まり、甲状腺細胞がその放射線によって破壊されるので、ホルモン分泌が減少して治癒状態になる。しかし、若い人では将来放射線障害のおそれがあるので、外科的に甲状腺の大部分を切除してホルモン分泌を減少させる方法が行われている。
[鎮目和夫]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
バセドウ病
グレーブス病ともいい,甲状腺機能亢進症の一つ.頻脈,多汗,ふるえ,眼球突出などの症状を呈する.甲状腺にはびまん性腫瘍を有する.原因は甲状腺刺激ホルモンに対する自己抗体ができることとされる.
出典 朝倉書店栄養・生化学辞典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報