内科学 第10版「重症筋無力症」の解説
重症筋無力症(神経筋接合部疾患:重症筋無力症とLambert-Eaton筋無力症候群)
重症筋無力症(myasthenia gravis:MG)は,神経筋接合部の後シナプス膜に対する自己免疫機序により刺激伝達が障害され,骨格筋の易疲労性・脱力をきたす自己抗体依存性神経疾患である.臨床的には,休息による回復,日内変動,および,寛解・増悪を特徴とする.後シナプス膜に存在するアセチルコリン受容体(acetylcholine receptor:AChR)や筋特異的受容体型チロシンキナーゼ(muscle-specific receptor tyrosine kinase:MuSK)などの機能蛋白質に対する自己抗体がおもな発症因子である(Farrugia,2010).
疫学
わが国の2006年MG臨床疫学調査では,患者概数15100人(男性5600人,女性9500人),有病率は人口10万人あたり11.8人と推測されている.男女比は1:2で,発症年齢の平均±標準偏差は,42.7±21.2歳であった.特に,50歳以上で発症するMG患者(late-onset MG)が増加していることが明らかになった.それに伴って,2010年日本神経治療学会から,late-onset MGの診断と治療の考え方を示す標準的治療指針が公表された.
病因・病態・病理
MGは自己抗体の種類によって,①AChR抗体陽性MG,②MuSK抗体陽性MG,そして,③前記の抗体が検出されないdouble seronegative MGに分類される.2011年,LDL受容体関連蛋白質4(LDL-receptor related protein 4:Lrp4)に対する自己抗体が報告され,AChR/MuSK抗体に次ぐ第3番目の病原性自己抗体として注目されている.わが国では,MG全体の約80%がAChR抗体陽性で,残りの5〜10%にMuSK/Lrp4抗体が検出される.自己抗体の作用機序は,IgG1が主体のAChR抗体は補体介在性に運動終板を破壊することによってMG症状を起こす.一方,抗MuSK抗体のサブクラスはIgG4が主体で補体介在性運動終板破壊がほとんどない神経筋接合部病理像が報告されている(図15-20-1,15-20-2).
分類
前記の自己抗体や臨床病型などによる分類がある.以前は1971年に発表されたOsserman分類がよく用いられていたが,2000年,米国重症筋無力症財団(Myasthenia Gravis Foundation of America:MGFA)より臨床研究を世界的に標準化するための臨床症状もしくは重症度に関するスケールとしてMGFA Clinical Classificationが提唱された.現在は本分類が一般的となっており,わが国の特定疾患臨床調査個人票でも用いられているが,どちらかというと分類ではなく重症度の指標として使用されている.具体的には,クラスⅠが眼筋型,クラスⅡ以降が全身型で,四肢筋,体幹筋の筋力低下が強ければaとなり,球症状が強ければbとなる.ⅡからⅤへ進むにつれて重症となり,Ⅴは気管内挿管された状態である.また,本症の母親から生まれる新生児の10~15%に胎盤を通過した抗体による一過性の本症がみられ,新生児一過性重症筋無力症といわれる.最近,MuSK抗体陽性MG患者からも新生児一過性重症筋無力症の報告が散見されている.
臨床症状
AChR抗体陽性MGの症状は,外眼筋が障害されやすい.物が二重に見えたり(複視),まぶたが無意識に下がったままの状態(眼瞼下垂)などの眼症状で発症し,全経過中ほとんどの症例にみられる.眼症状以外には,構音障害,嚥下障害,四肢麻痺が初期症状として多い.運動を反復することにより筋力低下をきたし休息によって改善する(易疲労性),朝より夕方に症状が出やすい(日内変動)などが特徴である.増悪因子として,ストレス,感染,月経,妊娠,分娩などがあげられ,これらを契機に嚥下困難や呼吸困難が急速に悪化する急性増悪(クリーゼ)に移行する. MuSK抗体陽性MGは,胸腺腫の合併はなく,筋萎縮を伴いやすく,嚥下障害が主体でクリーゼになりやすいという特徴をもつが,臨床レベルでAChR抗体かMuSK抗体かを鑑別することは困難である.
検査成績
1)塩化エドロホニウム(テンシロン,アンチレクス)試験:
コリンエステラーゼ阻害薬であるアンチレクス2~5 mgを静脈注射して反応をみる.臨床症状の著明な改善があるときを陽性とする.MuSK抗体陽性では,著効することは少なく,過敏反応がみられることがある.
2)電気生理学的検査:
顔面や四肢の筋を支配する末梢神経を反復刺激して,誘発筋活動電位を記録するHarvey-Masland試験では,低頻度刺激(1~5 Hz)でwaning 現象(初発刺激による振幅はほぼ正常で以後数発の刺激で振幅が10%以上減衰する)がみられる.また単一筋線維筋電図では,jitter(発射間隔の変動)の異常やブロッキング現象がみられる.
3)自己抗体測定:
AChR受容体は,MG全体の80%以上で陽性となる.ただし眼筋型では陽性率は約50%と低い.AChR抗体陰性患者のうち30~60%程度でMuSK抗体が陽性となる.AChR抗体価とMG症状の相関は,個々の症例で経時的にみると抗体価と疾患の重症度が相関する例があるが,患者を集団でみると抗体価と重症度は相関しない.一方,MuSK抗体価では抗体価と重症度は相関すると報告されている.
4)その他:
AChR抗体陽性MGでは,胸腺腫や胸腺過形成が存在することが多いため,胸部CT/MRI画像検査 などで評価する.
診断
上記の臨床症状,神経学的診察,および,検査所見に基づいて診断する.特に,病原性のあるAChR/MuSK抗体が陽性となれば確定と考えてよい.
鑑別診断
眼症状,球麻痺,および,四肢・体幹の筋力低下を呈する多くの疾患を鑑別する必要がある.眼症状に着目すれば,眼筋麻痺を呈する多くの疾患,動脈瘤(IC-PC)や糖尿病による動眼神経麻痺,Fisher 症候群,Tolosa-Hunt 症候群,ミトコンドリア脳筋症,眼・咽頭型ジストロフィー,Meige症候群,開眼失行などが鑑別の対象となる.球麻痺では,筋萎縮性側索硬化症,多発性硬化症,脳幹脳炎など,四肢筋力低下については,Guillain-Barré症候群,多発筋炎,筋ジストロフィー,そして,Lambert-Eaton 筋無力症候群などの鑑別が必要である.
合併症
胸腺腫は50歳をピークに20~30%にみられる.Basedow病などの甲状腺疾患が数%から十数%に合併する.それ以外に,赤芽球癆,全身性エリテマトーデス,関節リウマチなどの自己免疫疾患を合併する.
治療
コリンエステラーゼ阻害薬,胸腺摘除術(胸摘),ステロイド薬,免疫抑制薬(タクロリムス,シクロスポリン),血漿交換,そして,大量免疫グロブリン静注療法(2010年認可)などが保険適応として用いられている.胸腺腫合併例では,胸摘を行う.一方,胸腺腫非合併では,年齢,罹病期間,病型,重症度,胸腺画像,自己抗体の種類,そして合併症によって個々の症例で十分に検討されなければならない.以前には,全身型では胸摘を第一選択すべきとされてきたが,これに関しては有用なエビデンスがないことが判明し,現在,そのエビデンスを得るために治験,MGTX研究が進行中である.現状では,高齢発症MGでは胸腺異常の頻度は低く,胸腺摘除に関しては慎重であるべきである.眼筋型MGでは,その一部に自然寛解もあり,胸摘の施行は少なくとも発症初期には行うべきではない.半年から1年間はコリンエステラーゼ阻害薬や副腎皮質ホルモンで内科的に治療し,眼症状の再燃・難治例や全身型へ移行した例を中心に胸摘の適応を検討する.また,MuSK抗体陽性MGでは胸摘の有効性は低く,第一選択にはならない.治療法の詳細については神経治療学会のホームページに「MG治療のガイドライン」と「標準的神経治療:高齢発症MG」としてまとめられている. MGの臨床で一番問題になるのは,急激な筋力低下をきたし呼吸困難に陥ることがありクリーゼとよばれる.クリーゼには筋無力性とコリン作動性の2種類があり,テンシロン試験で改善すれば筋無力性と診断できるが,実際には区別が困難な場合が多い.よって,コリンエステラーゼ阻害薬はただちに中止し,気道を確保し呼吸管理を行うことが重要である.また,長期にステロイドを使用する場合が多く,骨粗鬆症予防や感染予防薬の投与を併用する.MGには,使用禁忌薬剤(ベンゾジアゼピン系薬,アミノ配糖体系抗菌薬,ダントロレンナトリウム,d-ペニシラミン,インターフェロン-αなど)が多数あるため注意を要する.
予後
MGの自然経過は明らかではないが,1965年以前の症例の検討によるとコリンエステラーゼ阻害薬のみの治療では約1/4の症例がMGのため発症3年以内に死亡している.その後,ステロイドと免疫抑制薬の導入により,MG患者の生命予後は劇的に改善した.ただし,わが国のMGクリーゼの頻度は,16.0%(1973年),14.8%(1987年),10.9%(2002年),13.3%(2006年)と報告され,まったく減少していない.今後は,このような重症かつ難治性MGにおける治療法の開発が期待される.[本村政勝]
■文献
Farrugia ME, Vincent A : Autoimmune mediated neuromuscular junction defects. Curr Opin Neurol, 23: 489-495, 2010.
本村政勝,白石裕一:抗MuSK抗体陽性重症筋無力症.In Annual Review 神経(鈴木則宏,祖父江 元,他編)pp328-336,中外医学社,東京,2011.
本村政勝,福田 卓:【神経筋接合部 基礎から臨床まで】 Lambert-Eaton筋無力症候群.Brain Nerve, 63: 745-754, 2011.
Shiraishi H, Motomura M, et al: Acetylcholine receptors loss and postsynaptic damage in MuSK antibody-positive myasthenia gravis. Ann Neurol, 57: 289–293, 2005.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報