咽頭上皮の突起からできる小さい内胚葉性の内分泌器官で,脊椎動物すべてに存在するが,動物の綱によって1個あるいは2個であったり,さらに魚類の中には多数に分かれて散在するものもある。ホヤやヤツメウナギ幼生の内柱endostyleが系統発生学的に甲状腺と相同のものである。甲状腺は組織学的にみると濾胞の集団である。濾胞から分泌される甲状腺ホルモンにはチロキシンthyroxine(サイロキシンともいう。T4と略記)とトリヨードチロニンtriiodothyronine(トリヨードサイロニンともいう。T3と略記)があるが,いずれもチログロブリンの分子中のチロシンにヨウ素(ヨード)が結合してできる。ホヤ,ヤツメウナギ幼生,メクラウナギ,カエルの幼生(オタマジャクシ)のチログロブリンの分子は脊椎動物成体のものより小さい。したがってチログロブリン1分子中のホルモンも少ない。血中のホルモンは,動物種によりアルブミンかグロブリンに結合する。甲状腺ホルモンは成長に関係するホルモンであるが,鳥類では換羽をひき起こし,両生類では変態を促進する。魚類では鱗の裏面にグアニンを蓄積させ体色を銀色にする。甲状腺は魚類,両生類,鳥類の季節的移動の際に機能が盛んになる。
執筆者:小林 英司
ヒトでは甲状腺は前頸部に位置する重さ約20gの内分泌器官で,左右両葉とその間をつなぐ峡部からなる。両葉は喉頭下部から気管の上部にわたって両側に存在し,峡部は気管の前面を横切ってその間をつなぐ。甲状腺は前述の甲状腺ホルモンのほかにチロカルシトニンthyrocalcitoninというホルモンを分泌する。前者は新陳代謝を促進し,神経興奮性の亢進,心臓機能の亢進,成長などにあずかる。後者は副甲状腺から出るパラトルモンparathormoneと拮抗し血中のカルシウム量を低下させる。
甲状腺の外表面は結合組織性の被膜に包まれ,その続きが血管を伴って器官の内部に進入し,濾胞間結合組織となる。甲状腺は濾胞(径0.02~0.9mmくらいの球形)の集まりからなり,その間を毛細血管に富む濾胞間結合組織が満たしている。それぞれの濾胞は単層の立方ないし円柱上皮からなる濾胞上皮と,それに囲まれた濾胞腔からなる。濾胞腔の中にはコロイド(チログロブリン)を蓄える。濾胞上皮細胞において,その基底側に粗面小胞体がよく発達しているが,ここで合成されたタンパク質はゴルジ装置に運ばれ,ここで糖をつけて高分子糖タンパク質である完成したチログロブリンにしてから濾胞腔へ分泌される。濾胞腔の中でチログロブリン分子の中のチロシンにヨウ素がつき,ついでヨードチロシンどうしの間に縮合が起こって,チログロブリン分子の中にチロキシンやトリヨードチロニンができる。濾胞腔の中のチログロブリンは,脳下垂体から分泌されるTSH(甲状腺刺激ホルモン)の働きによって濾胞上皮細胞に再吸収され,水解小体(リソソーム)と融合し,加水分解を受ける。この加水分解によってチログロブリンの中に組み込まれていたチロキシンまたはトリヨードチロニンが解放され,細胞の基底部より血管周囲腔へ分泌される。血管周囲腔には組織液が存在し,ホルモンはこれと混じる。ついでホルモンは毛細血管あるいはリンパ管の中に入る。
ヒトを含めた哺乳類の甲状腺では濾胞の外側(濾胞上皮細胞の基底部)や濾胞の間に傍濾胞細胞が存在し,チロカルシトニンを分泌する。この細胞は発生学的には鰓後体(咽頭派生体の一つ)に由来するが,細胞には一般のタンパク質分泌細胞のように分泌顆粒がみられ,開口分泌によって血管周囲腔へ放出される。
→チロキシン
執筆者:藤田 尚男
甲状腺の働きはいろいろの病気によって障害を受けるが,よく知られているのはバセドー病による機能亢進症であろう。それに対して,胎児期・乳児期以来の機能低下のために成長・発育・知能の発達が阻害されるクレチン症も古くから知られている。また成人における機能低下では粘液水腫という特徴的な症状がみられる。ここでは,これら三つの病気および癌についてはそれぞれの項目にゆずり,その他の甲状腺の種々の異常や病気について述べる。
→クレチン病 →甲状腺癌 →バセドー病
血中の遊離甲状腺ホルモン濃度が上昇した状態,およびそれによってもたらされる特有の臨床症状または生化学的変化をさす。甲状腺ホルモンにはチロキシン(T4)とトリヨードチロニン(T3)があるが,甲状腺機能亢進症ではその一方または両方の濃度が上昇している。一方のホルモンのみが上昇している状態をT4中毒症あるいはT3中毒症と呼ぶ。妊娠やエストロゲンを投与したときには,甲状腺ホルモンを血中で結合して運搬するタンパク質の合成が増えるため甲状腺ホルモンの濃度は増加するが,遊離のホルモン濃度は変わらないので甲状腺機能亢進症ではない。甲状腺機能亢進症を起こす病気はいくつもあるが,日本ではバセドー病が圧倒的に多い。ほかには,甲状腺結節(腺腫)がホルモンを過剰に分泌するプランマー病,炎症による破壊のため蓄えられていた甲状腺ホルモンが血中に流出する亜急性甲状腺炎の病初期,まれに脳下垂体などの腫瘍からの甲状腺刺激ホルモンの過剰分泌,絨毛(じゆうもう)性腫瘍からの甲状腺刺激物質の分泌,さらに甲状腺ホルモン剤の大量摂取による甲状腺機能亢進症がある。甲状腺ホルモンは種々の臓器に働き,その代謝回転を速める。それに伴って蓄えられていたエネルギーの利用と酸素消費が増し,体熱発生も増加する。自覚症状として最も多いのは落着きのなさといらいらであり,発汗増加,暑さに弱い,動悸,食欲亢進,だるさ,体重減少,筋力低下を訴え,他覚症状としては頻脈,皮膚の湿潤および手指の震えが高頻度に認められる。検査所見では,基礎代謝率の亢進,血清コレステロール低下,アルカリ性ホスファターゼ上昇が代表的である。以上の症状は高齢の患者ではあまりはっきりと認められずに,心房細動や心不全など心症状のみが表にでることがあり,注意を要する。
甲状腺機能亢進症がきわめて悪化した状態で,一連の重篤な症状を呈し,生命にかかわる病態である。未治療かまたは不十分な治療を受けているバセドー病の患者に誘因が加わり急激に発症する。誘因としては,感染,外傷,分娩,流産,抜歯,手術によるストレスがある。40℃近い高熱とともに甲状腺機能亢進症症状が強くあらわれ,頻脈(1分間120以上で体温に比べて多い),著しい発汗,手指の震え,激しい下痢,腹痛などがみられる。さらに精神症状が著しく,興奮や不穏を示し昏睡に至ることもある。適切な治療がなされないと脱水からの循環不全や肺水腫により死亡する。甲状腺腫や眼球突出などバセドー病の症状を伴う患者に上記の症状がみられたらクリーゼを疑い,速やかに治療を開始する必要がある。治療は,氷冷水,電解質の補給のほかに,大量の抗甲状腺剤と無機ヨウ素により甲状腺ホルモン分泌を抑え,同時にβ遮断剤(プロプラノロール)やステロイドによりホルモンの作用を抑制する。最近では,このような治療法の進歩により救命率はずっと高くなった。
甲状腺の炎症で,急性(化膿性)甲状腺炎,亜急性甲状腺炎および慢性甲状腺炎の三つに分けられ,それぞれ病像のみならず病因も明らかに異なっている。急性甲状腺炎はまれな病気で,化膿性菌が血行性にまたは甲状舌管の遺残や梨状窩瘻(かろう)を通じて咽頭から直接に甲状腺に侵入して起きる。前頸部腫張,発熱,発赤,痛みを伴い,化膿して膿瘍形成をきたす傾向がある。治療は切開,排膿と抗生物質である。亜急性甲状腺炎はウイルスが原因と推定されている。中年の女性に多く,通常,上気道炎の徴候の後に前頸部の強い痛みを訴える。痛みは耳や奥歯のほうに放散し,また経過とともに甲状腺の一葉から他葉へと移動する。触診では甲状腺の一部または全体をかたく触れ,押すと痛む。病初期には甲状腺濾胞が破壊され多量のホルモンが流出するため,半数の患者が甲状腺機能亢進症を呈する。その後,ホルモン産生が障害されているため一過性の甲状腺機能低下症の時期を経てから,完全に機能は正常に回復する。治療にはアスピリンやステロイドが用いられる。慢性甲状腺炎は,1912年橋本策(はかる)によって初めて報告され橋本病とも呼ばれているが,代表的な臓器特異性自己免疫疾患として知られている。中年以降の女性が圧倒的に多いが,10歳ころから患者の発生がみられる。最近の研究では,成人女性では10人から20人に1人の割合でみられるとされている。バセドー病や甲状腺機能低下症の患者が同じ家族内にいることも多い。血液中に甲状腺の細胞成分やチログロブリンに対する抗体が検出される。組織像は甲状腺濾胞の破壊,濾胞細胞の変性,リンパ球浸潤および繊維化が特徴である。瀰漫(びまん)性の甲状腺腫大に気づかれて診断される例が多いが,ほぼ半数の患者は甲状腺機能低下症におちいり,他の患者は一生甲状腺機能は正常である。甲状腺ホルモン剤により甲状腺機能を正常に保つと甲状腺腫の縮小がみられる。
甲状腺が大きくはれて,くびの前面でそのはれを触れることができるようになった状態をさす。ほとんどすべての甲状腺疾患では甲状腺腫が認められるが,正常の人では甲状腺はほとんど触れることができない。甲状腺腫は甲状軟骨(のどぼとけ)の下方にあり,嚥下運動といっしょに上下に動くことが触診上参考になる。甲状腺腫には,甲状腺全体がはれて一様に腫大を触れる瀰漫性甲状腺腫と,一部分のみがはれてこぶ状に触れる結節性甲状腺腫がある。前者には,おもにバセドー病や慢性甲状腺炎による腫大と単純性甲状腺腫とがあり,後者には,甲状腺癌のほかに良性の腺腫や腺腫様甲状腺腫が含まれている。
単純性甲状腺腫は,ヨウ素の欠乏により甲状腺ホルモンの生成が不十分になるため,甲状腺刺激ホルモンの分泌が代償的に増えて甲状腺を大きくし,甲状腺ホルモンの分泌量を正常に保っているものと考えられており,山岳地帯や内陸部で飲料水中のヨウ素含有量が低い地域に多い。一地方で全住民の10%以上に甲状腺腫が認められる場合は地方性甲状腺腫と呼ばれる。日本ではヨウ素不足は考えられず,逆に北海道の一部ではヨウ素を過剰摂取することによる甲状腺腫が知られている。若い女性で小さな柔らかい甲状腺腫を有し,検査所見で異常が見いだされない場合,単純性甲状腺腫と診断するが,この中には慢性甲状腺炎の初期の者が含まれていると考えられる。結節性甲状腺腫は表面平滑で周囲との境界が明らかな結節を触れる。囊腫になることが多く,しばしば自然に退縮する。腺腫様甲状腺腫では大小いくつもの結節を触れることが特色である。良性結節は,小さい場合は甲状腺ホルモン剤投与をして経過をみるが,結節が大きいときには手術を行う。
執筆者:葛谷 信明
クレチン症や粘液水腫などの甲状腺機能低下症の治療に用いられるのが甲状腺ホルモン剤であるが,これには食用獣の甲状腺を原料とした乾燥甲状腺末と合成品のチロキシン,トリヨードチロニンがある。乾燥甲状腺末は,その総ヨウ素量の規定があるだけなので,有効成分のT4,T3含量が原料により一定せず,力価が安定しない。T4の生物活性は,測定法によっても異なるがT3の1/5程度であるが,血中半減期は長い(正常人でT4が6~7日,T3が約1日)。いずれの製剤も内服で,1日の維持投与量は,乾燥甲状腺末50~100mg,T450~100μg,T350~75μgである。急速に機能低下を正常化する場合にはT3を用いることもあるが,通常は心臓・副腎機能に対して副作用の少ないT4が使用される。最近日本では,新生児における甲状腺機能低下症の早期発見体制が確立され,甲状腺ホルモン剤治療が成果をあげている。
甲状腺ホルモン剤とは逆に,バセドー病などの甲状腺機能亢進症の治療に用いられるのが抗甲状腺剤といわれるもので,これにはチオ尿素誘導体のメチルチオウラシル,プロピルチオウラシル,メチマゾールなどがある。これらの薬剤は甲状腺ホルモンの生合成を阻害する作用があり,甲状腺機能亢進によるホルモン過剰生産を起こさないように働く。服用は連続しなければならない。副作用として,メチルチオウラシルとプロピルチオウラシルには頻度は少ないが,顆粒白血球減少を起こすことがあるので注意を要する。その他,無機ヨウ素化合物はホルモン生合成の重要な原料であると同時に,その大量投与はホルモンの生合成と分泌を抑える作用があり,ヨードカリ,ルゴール液,ヨードレシチンの形で使用される。また治療剤としての意味は少し異なるが,放射性ヨウ素は甲状腺に特異的に集積するので,これを服用させ,その放射線で機能亢進の状態にある甲状腺細胞を壊すことによって治療効果をあげることができる。このために日本では放射能半減期の短い131Iが用いられている。
執筆者:川田 純
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
前頸部(ぜんけいぶ)に位置し、ちょうど喉頭(こうとう)の下部にある内分泌腺。全体の形ははねを広げたチョウに似ているが、はねに相当する部分が左右に広がる大きな左葉と右葉で、これらは狭い峡部によって連絡している。峡部は輪状軟骨のすぐ下側にあたる部位に位置し、左葉、右葉は咽頭(いんとう)部の外側壁まで広がって付着している。ヒトの約3分の1では峡部から上方に錐体葉(すいたいよう)という部分が突出してみられる。甲状腺全体は頸部の筋膜と連続している結合組織性膜に包まれている。甲状腺の大きさには個人差があるが、普通には、葉の高さ平均3.5センチメートル、幅1~2センチメートル、厚さ1~2センチメートル、重量約20~40グラムとされる。色は褐色を示し、表面には多数の小隆起がみられるが、これは甲状腺内部組織が多数の小胞の集まりでできているためである。この小胞(濾胞(ろほう))はヒトでは大小さまざまで、直径0.02~0.9ミリメートルにわたる扁平(へんぺい)、あるいは円柱形をしているが、動物の場合は大きさがほぼ一定している。濾胞の1個1個は細網線維を主とする細い結合組織で包まれて隔てられているが、濾胞と濾胞との間には毛細血管網が発達していて、濾胞から分泌されたホルモンの吸収が容易になっている。また、毛細血管網の間にはリンパ管網も発達している。濾胞の壁は単層の立方上皮細胞からできており、濾胞腔(くう)内にはコロイド(膠様(こうよう)物質)が満たされている。濾胞上皮細胞の高さは機能によって変化し、甲状腺が刺激されると濾胞上皮細胞の高さは増加するが、これは上皮細胞の働きが活発になるためと考えられている。甲状腺は、分泌物を大量に、しかも細胞外に蓄えることのできる唯一の内分泌腺であり、10か月間分のホルモンを供給できるほどに十分な量をもつといわれる。
甲状腺が分泌するホルモンは、代謝率の調節に関係するチロキシンとトリヨードチロニン、および血液中のカルシウム濃度を低下させるカルシトニンである。チロキシンとトリヨードチロニンは濾胞上皮細胞によって合成され、カルシトニンは濾胞上皮や濾胞の間隙(かんげき)に存在する濾胞傍細胞が合成する。甲状腺ホルモンは多量のヨウ素を含み、体内のヨウ素の5分の3は甲状腺にあるといわれる。また、甲状腺ホルモンは、血清中のヨウ素の濃度を数十万倍まで濃縮することができるとされる。
[嶋井和世]
ここでは、おもにヒトにおける生理作用とその病気を中心に述べる。
甲状腺ホルモンの基本構造はチロシン(サイロシン)とよばれるヨード化アミノ酸であり、この分子へ結合するヨウ素の位置と数によって性質が異なってくる。そのうちホルモン作用を有するものはチロキシン(サイロキシン、T4)およびトリヨードチロニン(トリヨードサイロニン、T3)である。T4とT3の作用効果を比較すると、T3はT4の5~8倍とされる。また、T4は効果発現までに潜時があるが、いったん効果を現すと、その持続時間が長いのに対し、T3は速効性であり、その効果の持続時間は短い。こうしたホルモンの作用機序に関しては、2通りの考え方が出されているが、まだその作用を一元的に説明しうるような解明はなされていない。
甲状腺機能は、視床下部‐下垂体系によって調節されている。すなわち、血中甲状腺ホルモン濃度が低下すると、それが視床下部および下垂体に働き、甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)および甲状腺刺激ホルモン(TSH)の分泌が促進されるわけである。一方、血中甲状腺ホルモンが過量になるとTRH、TSHの分泌は抑制される。このように視床下部‐下垂体‐甲状腺系は、負のフィードバック機構によって、血中甲状腺ホルモンを一定に保っているのである。
甲状腺ホルモンは明らかな標的器官をもたないため、その作用との直接関係は明らかではないが、エネルギー代謝、タンパク・核酸代謝、成長、糖代謝、脂肪代謝、ビタミン等に効果を及ぼすことが知られている。以下、作用のいくつかを述べる。
(1)甲状腺ホルモンの作用として第一にあげられるのは生体の代謝促進であるが、これは酸素消費を刺激する作用である熱量産生作用に基づく二次的なものである。この熱量産生作用の発現機序としては、甲状腺ホルモンがミトコンドリア(糸粒体ともいう細胞の常在成分の一つ)における酸化的リン酸化反応の脱共役剤として働き、酸素消費は増大し、酸化のエネルギーは熱として放出されると説明されているが、ジニトロフェノール(DNP)のような他の脱共役剤が甲状腺ホルモンと同じ作用を示さないことから、甲状腺ホルモンの作用を十分に説明したとはいいがたい。しかし、いずれにしても末梢(まっしょう)組織での酸素消費量の増加に応じて、その供給のため循環機能が適応し、心拍数、心拍出量の増加をきたすわけであり、これは甲状腺機能亢進症(こうしんしょう)の臨床症状の一つである。
(2)甲状腺ホルモンはまたタンパク・核酸合成を促進する。これはもっとも早期に現れる効果である。成長期の甲状腺ホルモン欠乏によるクレチン症では、知能および身体の発育が不良となるが、これは甲状腺ホルモンがタンパク・核酸合成促進作用を通じて神経軸索の髄鞘(ずいしょう)の形成、維持、および骨、骨格筋の成長発育に重要な役割をもっていることを示すものである。このようなタンパク同化作用に対し、甲状腺ホルモンを大量に投与した場合、タンパク分解が促進し、異化作用が著明となる。そのため、甲状腺機能亢進症では全身症状として著しい体重減少がおこることが多い。
(3)甲状腺機能亢進症では糖代謝異常がみられ、糖負荷時に初期の血糖上昇が著明で、糖尿や高血糖がしばしばみられる。これは甲状腺ホルモンによる腸管からのブドウ糖の吸収亢進、糖利用の亢進、タンパク異化・糖新生の亢進、肝グリコーゲンのブドウ糖転化の亢進、遊離脂肪酸の増加に基づくものである。
(4)甲状腺ホルモンは、肝臓においてコレステロール、リン脂質、中性脂肪の合成を促進するが、同時にコレステロールの分解、排泄(はいせつ)、中性脂肪の分解や遊離脂肪酸の放出も促進する。甲状腺機能亢進症で血中コレステロール値が低下し、機能低下症では上昇するが、これはコレステロールの分解の促進、または低下によるものと考えられる。
(5)ビタミンの腸管による吸収、濃度、利用、および活性型への転化速度は甲状腺ホルモンによって影響されるが、その効果はビタミンの種類によりさまざまである。たとえば、甲状腺ホルモンは肝臓においてカロチンがビタミンAになる反応に必要であり、甲状腺機能低下症では血中のカロチン量が増加し、皮膚が黄色みを帯びてくる。
このほか、甲状腺ホルモンは、カテコルアミンによる中性脂肪の分解、遊離脂肪酸の放出等の作用を促進する。また心筋へのカテコルアミンの取り込みを増加させ循環機能を増強する。また、逆に甲状腺ホルモンの一義的作用である末梢における酸素消費は、カテコルアミンによって増強される。
[川上正澄]
円口類を除く脊椎(せきつい)動物では、第1、第2の鰓嚢(さいのう)(咽頭(いんとう)の側壁が前後に膨出して生じた嚢状構造)近くの咽頭上皮が陥入をおこして甲状腺ができてくる。甲状腺は濾胞(ろほう)構造のものが集合した形をとっている。軟骨魚では濾胞は1か所に集合しているが、硬骨魚では濾胞が単独あるいは少数集合したものが散在している。甲状腺は、両生類では左右1対をなし、爬虫(はちゅう)類では一般に心臓の前に1個、鳥類では1対、哺乳(ほにゅう)類では気管の両側に対(つい)をなして付着している。これらの甲状腺の濾胞細胞は、チログロブリンというタンパク質を合成し、これを濾胞腔(こう)に貯蔵する。さらに、必要に応じてチログロブリンのチロシン残基をヨード化し、生じたヨードチロシン残基二つを縮合(カプリング)させ、それをふたたび濾胞細胞が取り込んで加水分解し、甲状腺ホルモンとして血液中に放出すると考えられている。
一方、円口類のヤツメウナギの幼生であるアンモシーテスには、内柱(ないちゅう)(咽頭壁が陥入して、その導管が消化管に連絡している)とよばれる器官があり、これは変態に際して濾胞構造の甲状腺になる。内柱を形成する細胞のうち、ある種の細胞は、甲状腺がつくるチログロブリンに相当するタンパク質をつくり、内柱腔(こう)に分泌する。このタンパク質は細胞表面ないし内柱腔でヨードと結合し、内柱細胞に取り込まれ加水分解を受けて、甲状腺ホルモンとして血中に放出されるといわれている。また、内柱は原索動物のホヤやナメクジウオにもあり、ごく少量のチロキシンがつくられる。
甲状腺ホルモンにはチロキシンとトリヨードチロニンとがあるが、前者より後者がはるかに生物学的活性が高い。たとえばオタマジャクシの変態を促進する作用は、前者は後者の10分の1である。甲状腺でつくられるホルモンは、一般にチロキシンのほうがトリヨードチロニンより割合が多い。チロキシンは種々の場所で脱ヨードされてトリヨードチロニンに変わることが知られており、甲状腺ホルモンの主たる作用はトリヨードチロニンによるものと考えられるようになった。
[菊山 栄]
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※「甲状腺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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