バララト(英語表記)Ballarat

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

バララト
Ballarat

オーストラリア,ビクトリア州中南部,メルボルンの西北西 112kmにある都市。 1851年の金鉱発見により急成長した。往時の建物の多くは現存。 54年のユーリカストケード事件 (金採掘労働者反乱事件) は同国史上重要で,現在記念碑がある。金採掘は 1921年に終ったが,周囲の豊かな農牧地帯を背景に農牧産品の集散地,商工業中心地として発展。多くの工場のほか,教会,学校など社会文化施設も整っている。人口3万 4501 (1991推計) 。

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百科事典マイペディアの解説

バララト

オーストラリア南東部,ビクトリア州にあるメルボルン西方の都市。織物・醸造工業があり,メルボルンの避暑・保養地。1851年創設され,かつては重要な金鉱都市として繁栄した。7万3000人(2001)。
→関連項目ビクトリア[州]

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世界大百科事典 第2版の解説

バララト【Ballarat】

オーストラリア南東部,ビクトリア州中西部の都市。人口6万5000(1991)。同州第3の都市で,州中西部の農牧地帯の中心都市。1851年の金鉱発見により金鉱都市として急成長し,54年のユリーカ砦の反乱(金採掘人の反乱)で知られ,記念碑がある。70年市制をしいた。金鉱の衰退後は商工業を中心に発展している。市内には金鉱都市時代の建物が保存・復元されている。【谷内 達】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

バララト
ばららと
Ballarat

オーストラリア、ビクトリア州中部、メルボルンの西112キロメートル(道路距離)にある都市。人口8万0045(2001)。1851年の金鉱発見により代表的な金鉱都市として発展し、金鉱衰退後は地方中心都市となったが、繊維、農業機械など各種の工業も発達する。オーストラリアの労働運動と民主化の原点となったユーリカ砦(とりで)事件(1854)の発生地として、よく知られる。1870年市制施行。市内には金鉱都市時代の建物が残り、かつての金鉱町が観光用に復原されている。名称は休息所を意味する先住民語による。[谷内 達]

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