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バンデーの反乱 バンデーのはんらんguerre de Vendée

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

バンデーの反乱
バンデーのはんらん
guerre de Vendée

フランス革命期から七月王政期にかけて,西フランスのバンデー (バンデとも表記される) 地方に断続的に起った反革命の反乱。まず,1793年3月 10日,30万人の徴兵令に反発した農民と,「僧侶民事基本法」を拒否した聖職者や王党派が,農民のカトリック宗教感情を利用し中央の革命政権に反抗。 J.カトリノー,J.ストフレ,貴族の F.シャレット・ド・ラ・コントリーらに指導された。同年末に鎮圧されたが,シャレット・ド・ラ・コントリーらは抵抗を続け,95年6月イギリスの援助を受けてブルターニュのキブロンで総裁政府に抵抗。さらに,99,1815,32年にも反乱を起した。

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百科事典マイペディアの解説

バンデーの反乱【バンデーのはんらん】

フランス革命期,1793年から1795年にかけてフランス西部バンデー地方を中心に起きた反革命反乱。後進地帯でカトリック勢力の強いこの地方の農民の不満を王党派が利用したもの。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

バンデーの反乱
ばんでーのはんらん

フランス革命に対してバンデーVende県を中心に起こった西部の王党派農民のゲリラ的反乱(1793~95)。革命の激化に伴いブルターニュ、アンジュー、ポアトゥーのカトリック農民は、1793年革命義勇軍の徴兵を忌避しようと立ち上がり、国外からの諸君主国の包囲攻撃と相まって勢力を増大させ、革命への危機が高まった。革命防衛を目的とする公安委員会が成立、その独裁のもと、しだいに乱は鎮静化へと向かったが、最終的にはテルミドールの反動(1794)後、投降者への大赦と強硬な者に対する銃殺刑によってようやく平定された。[樋口謹一]

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