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ブラック・ムスリム Black Muslims

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ブラック・ムスリム
Black Muslims

アメリカの一部の黒人の間で信奉されている社会的宗教的運動。「黒人イスラム教徒」ともいう。黒人の道徳的,文化的優位を唱えて,支配権の奪取を主張。礼拝形式は正統イスラムによるが,構成員を黒人および非白人に限り,コーカソイド人種を「悪魔」とみ,キリスト教は非白人を奴隷化する道具であるとして攻撃する。運動の成立は 1930年にさかのぼり,1877年頃メッカに生れたとされる移民ワーリ・ファラド Wāli Faradによる。彼の教えは南部からの移住黒人の信奉するところとなり,彼らはファラドをアッラーの化身と信じ,イスラム教国の回復を願った。この運動が最も進展したのは第2代宗主エリヤ・ムハンマド Elijah Muḥammad (1897~1975) 以後で,特に都市移住黒人の間に広がり,白人に対し戦闘的態度をとるにいたった。最初デトロイトとシカゴにおかれた寺院 (モスク) は,アメリカの全主要都市におかれるにいたった。第2代宗主の死後,運動は一般にスンニー派イスラムに近づきつつある。

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百科事典マイペディアの解説

ブラック・ムスリム

アフリカ系米国人のイスラム団体。正称〈イスラム国家Nation of Islam〉。1930年にW.D.ファードが創設。エライジャ・ムハンマド,次いでマルコムXなどの下で発展。
→関連項目アリ

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ブラック・ムスリム
ぶらっくむすりむ
Black Muslims

アメリカ合衆国の主として黒人からなる民族主義的色彩の濃い宗教団体。黒人回教徒ともいう。メッカの生まれといわれるワリ・D・ファードによって1930年に創設され、1934年以後エライジャ・ムハンマドElija Muhammad(1897―1975)指導のもとに、ブラック・ナショナリズムの代表的な組織へと発展した。白人と黒人との和解しがたい対立や黒人の自助が強調され、大都市の黒人ゲットーにはモスクも多数建立された。エライジャ・ムハンマドによって信者となったマルコム・エックスが活躍し、1960年代前半にかけて信者の数は増していった。しかし、マルコム・エックスはエライジャ・ムハンマドと決別、1965年に暗殺された。正式名称は「イスラム民族」Nation of Islamであったが、エライジャ・ムハンマドの後を継いだ息子のウォレス・D・ムハンマドにより「西洋におけるイスラム共同体」Islam Community in the Westと改称。また正統イスラム教との紐帯(ちゅうたい)が強調される一方で、会員資格や戒律は変更ないし緩和され、分離主義的傾向も弱まった。会員数は10万から15万人と推定されていた。[大塚秀之]
 ウォレス・D・ムハンマド(のちにワリス・D・ムハンマドと名のる)は、さらに教団の名称をアメリカ・ムスリム伝導American Muslim Missionと改めたが、1985年には世界の正統イスラム教(スンニー派)の一員になるため教団の解散を発表、のちにイスラム・アメリカ協会American Society of Muslimを設立した。
 一方、ウォレス・D・ムハンマドの改革に反対する一派は、ルイス・ファラカンLouis Farrakhanをリーダーとして分離、名称は「イスラム民族(略称NOI)」のままで、従来どおりのエライジャ・ムハンマドの教えを守る活動を続けている。ファラカンは、1995年ワシントンにおいて、黒人男性による「100万人大行進」(警察発表で40万人が参加)を主催して、指導者としての力を誇示した。[編集部]

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