コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ブルシーロフ ブルシーロフBrusilov, Aleksei Alekseevich

3件 の用語解説(ブルシーロフの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ブルシーロフ
ブルシーロフ
Brusilov, Aleksei Alekseevich

[生]1853.8.31. トビリシ
[没]1926.3.17. モスクワ
ロシアの軍人,将軍。露土戦争に活躍。第1次世界大戦の当初は第8軍の司令官として,次いで 1916年春から第7,8,9,11軍の総司令官として,ガリシア方面で「ブルシーロフ反攻」を展開,ガリシア東部,ブコビナを制圧した。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

ブルシーロフ【Aleksei Alekseevich Brusilov】

1853‐1926
ロシアの将軍。第1次世界大戦では第8軍司令官,ついで南西部戦線軍司令官としてドイツオーストリア軍と対峙(たいじ)し,東ガリシア地方の大半を占領。1917年5月22日(新暦6月4日)にはロシア軍最高司令官に就任,総反攻を展開したが成功せず,これがケレンスキー臨時政府を崩壊に導く一因となった。革命後は軍事人民委員トロツキーにより赤軍顧問に迎えられ,旧将校を赤軍に参加させる説得工作で中心的な役割を果たした。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ブルシーロフ
ぶるしーろふ
Алексей Алексеевич Брусилов Aleksey Alekseevich Brusilov
(1853―1926)

帝政ロシアの将軍、革命後の赤軍顧問。ジョージアグルジア)のチフリス(現、トビリシ)に将軍の子として生まれる。1872年より騎兵士官として勤務、1877~1878年のロシア・トルコ戦争に参加。第一次世界大戦で最初は第八軍で、1916~1917年には西南方面軍総司令官として活躍、1916年のオーストリア軍分断作戦の成功で名をはせた。二月革命後、臨時政府により最高総司令官に任命され、7月の夏期攻勢の失敗でコルニーロフと交替。十月革命後は引退し1920年5月、ソビエトポーランド戦争でポーランド軍がソビエト・ロシアに侵攻すると赤軍に入り、顧問的任務についた。[藤本和貴夫]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

ブルシーロフの関連キーワード徳川家慶コック=ブロンホフ聖地管理問題専修大学福山藩北欧美術明治維新資格任用制インド国鉄有珠山

今日のキーワード

百条委員会

地方自治体が議決により設置する特別委員会の一つ。名称は「地方自治法第100条」に基づく。百条委員会は、地方公共団体の事務に関する調査を行い、関係者への聞き取りや記録の提出を請求、拒否した者には罰則が科...

続きを読む

コトバンク for iPhone