ロシアの政治家,臨時政府首相。レーニンと同郷で,シンビルスク中学校の校長の子。1904年ペテルブルグ大学を卒業,政治事件を扱う弁護士となり,レナ事件の真相調査団でも活躍した。エス・エル党員。12年第4国会議員選挙にトルドビキから出て当選した。このころロシアの民主化のためのフリーメーソン的秘密政治結社に参加し,コノワーロフ,ネクラーソフNikolai Vissarionovich Nekrasov(1879-?)らと結んだ。第1次世界大戦中はこの線に沿い,国会の中でもエス・エル党首都組織再建の面でも活発に動いた。17年二月革命が起きると,国会をこれに引き入れるために努力し,国会臨時委員会のメンバーとペトログラード労働者・兵士代表ソビエト副議長とを兼ね,かつ最初の臨時政府に司法大臣として入った。当時のロシアの権力は事実上,臨時政府とソビエトとの間で二分されており,この時期のケレンスキーはその両者の〈つなぎ役〉という特異な立場を占めていた。のち陸海軍相となり,17年7月からは首相となった。陸海軍相としては,ロシアの対外交渉力を高める目的で6月に前線での攻勢を始めたが成功せず,かえって政府の立場を弱めた。首相になって,初めネクラーソフ,のちコノワーロフを副首相に迎え,自らの路線を推進しようとしたが,コルニーロフ総司令官の反乱にゆさぶられ,民衆の要求にこたえることもできず,決断力,組織力の欠如を暴露した。十月革命で打倒されると,閣僚たちを冬宮に残し,自分だけ女装してアメリカ大使館の車で逃亡した。プスコフに逃れ,その地のクラスノフP.N.Krasnovのコサック軍とともに首都に攻め上ったが,プルコボの戦で撃退された。翌18年フランスに亡命し,内戦には積極的に参加しなかった。40年以降はアメリカに住んだ。臨時政府の資料集や回想記数冊を残したが,最晩年の《ケレンスキー回顧録Russia and History's Turning Point》(1965)が最も詳しく,フリーメーソン問題をも初めて明かしている。
執筆者:和田 春樹
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ロシアの政治家、ロシア革命時の臨時政府首相。1904年にペテルブルグ大学法学部卒業。政治事件関係の弁護士として活躍、1912年の第4国会で議員に選ばれ、トルドビキ(勤労派)に所属、その指導者となる。第一次世界大戦中は祖国防衛の立場をとる。雄弁をもって知られ、二月革命で結成されたペトログラード・ソビエトの副議長となるとともに、リボフ公を首相とする臨時政府の司法大臣として、ソビエトからただ1人入閣した。二月革命後はエスエル(社会革命党)に所属。その後、第一次連立政府の陸海軍相となり、「平和のための戦争」を兵士に説得したが、失敗に終わる。第二次、第三次連立政府では首相となる。彼は、最高司令官コルニーロフを中心とした右派の主張する将校権限や軍律強化を認めつつも、ソビエトの意向をも無視できず、大衆運動に対する弾圧は慎重に進めようとした。これを不満として起こったコルニーロフの反乱を、ソビエトの力を借りて粉砕し、以後は最高司令官を兼任するが、戦争、パン、土地などの問題を解決できず、大衆の支持を失った。十月革命によってソビエトに拠(よ)るレーニンらが権力を握ると、ケレンスキーは前線の兵士を獲得するため首都を脱出、クラスノーフ軍とともに首都を攻撃したが敗北し、1918年フランスへ亡命。1940年にはアメリカに渡った。亡命後はロシア革命の回想録や史料集の執筆、編纂(へんさん)にあたった。
[藤本和貴夫]
『倉田保雄他訳『ロシアと歴史の転換点――ケレンスキー回顧録』(1977・恒文社)』
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1881~1970
ロシアの政治家。左翼弁護士で,第4国会議員。フリーメーソン。二月革命後ペトログラート・ソヴィエト副議長となり,第1次臨時政府に法相として入閣。第2次臨時政府の陸海軍相をへて,1917年7月より首相となる。十月革命で政権を打倒されてのち,クラスノフ将軍と反革命軍を組織したが,これが失敗すると亡命し,アメリカで死亡。
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… 国会はこの日の朝,皇帝の休会命令を受けとって解散することに決めたのだが,事態の急変を知り,本会議場の外で非公式会議を開き,国会臨時委員会を選出した。コノバーロフと提携するケレンスキーは,国会を革命にコミットさせようと努力した。夜になって,国会の建物の中に労働者代表と社会主義政党の代表が集まって,ソビエトの結成会議を開くと,国会臨時委員会は深夜の2時,権力掌握を決断した。…
※「ケレンスキー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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