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ベルトルト Berthold, Arnold Adolph

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ベルトルト
Berthold, Arnold Adolph

[生]1803.2.26. ゾースト
[没]1861.2.3. ゲッティンゲン
ドイツの生理学者。 1823年にゲッティンゲン大学で医学の学位取得後,パリで比較解剖学,動物学を修め,ゲッティンゲン大学講師 (1825) ,教授 (35) 。雄のニワトリから精巣を取除くと二次性徴が現れないこと,このようなニワトリに他から精巣を移植すれば二次性徴を生じることを示し (49) ,精巣の存在が二次性徴を引起すことを証明した。これは内分泌による生体調節機構の存在を立証する実験として先駆的なものであった。

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世界大百科事典 第2版の解説

ベルトルト【Berthold von Henneberg】

1441‐1504
ドイツのマインツ大司教。ヘンネベルク伯家の出で,1484年マインツ大司教となった。当時のドイツでは皇帝によるハプスブルク家本位の政治が目だち,帝国の制度的改革問題が再燃していたが,ベルトルトは改革派諸侯の指導者として1495年ウォルムスの帝国議会で〈永久平和令Ewiger Landfriede〉をはじめとする帝国改革を成立させた。とくにフェーデの禁止を決めた永久平和令は神聖ローマ帝体の解体にいたるまでこれを規定しつづけた。

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世界大百科事典内のベルトルトの言及

【帝国改革】より

… このような多様な改革案が提出されたが,いずれも皇帝と領邦権力の対立のなかでなんの効果ももちえなかった。1495年のウォルムスの帝国議会でマインツ選帝侯ベルトホルト・フォン・ヘンネベルクBerthold von Henneberg(1441か42‐1504)を先頭にして領邦権力は国王に代わって統治する帝国統治院Reichsregimentの設置を提案したが,国王などの反対にあって実現しなかった。しかしこの議会において永久ラント平和令が制定され,私闘権(フェーデ)を完全に廃棄し,民間人だけでなく帝国等族にもいっさいの自力救済を禁止し,裁判手続のみを認めたことは法共同体としての国家にとっては大きな意味をもっていた。…

※「ベルトルト」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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