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ホラムシャフル Khorramshahr

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ホラムシャフル
Khorramshahr

1924年まではムハンマラ。イラン南西部,フージスターン州の港湾都市。シャットルアラブ川の上流。ペルシア湾から 105km,カールーン川との合流点に近く,カールーン川の右岸に位置する。イランの主要貿易港の一つで,第2次世界大戦中にイラン縦断鉄道と結ばれて大いに発展した。市街には堅牢な建物が並び,周辺ではナツメヤシの栽培が進んでいる。 1837年にはトルコ軍の攻撃によって破壊され,47年にペルシア領とされたが,実際には地方族長による支配が続き,1924年中央政府の管轄下におかれた。イラン=イラク戦争中,80~82年イラクに占領された。 1976年当時の人口約 15万。

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世界大百科事典 第2版の解説

ホラムシャフル【Khorram Shahr】

イラン南部,カールーン川沿いのイラク国境に近い都市。人口19万7000(1991)。標高8mの低地にあり,気候は暑い。テヘランに至る鉄道の起点であり,同港はイラン第2位(1977)の荷揚港である。1925年にレザー・シャーがここを平定する前は,モハンマレMoḥammareと呼ばれ,フージスターンの有力族長シャイフ・ハズアルの本拠地であった。80年に開始されたイラン・イラク戦争ではイラク軍に占領され,同市攻防戦で死亡した民衆をたたえるため,緑の(みずみずしい)町を意味するホラムシャフルからフニンシャフル(血の町)に改名された。

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世界大百科事典内のホラムシャフルの言及

【フージスターン】より

…しかし,近代になって1908年に油田が発見されると,イラン経済を支える最重要地域として復興した。最近50年間に工業・港湾都市の勃興と発展がみられ,精油所のあるアバダーン,カールーン川がシャット・アルアラブ川に注ぐ地点にある河港で,アフワーズからイラン縦貫鉄道が引き込まれているホラムシャフル,テヘランとフージスターンを結ぶ中央幹線道路沿いに発達した交通の要衝デズフールがその代表である。【坂本 勉】。…

※「ホラムシャフル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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