マイナス金利政策(読み)まいなすきんりせいさく

日本大百科全書(ニッポニカ) 「マイナス金利政策」の意味・わかりやすい解説

マイナス金利政策
まいなすきんりせいさく

デフレーションデフレ)から脱却し、物価上昇を促すとともに、投資や消費を活発にする目的のために、市中銀行が中央銀行に預ける当座預金の一部について、中央銀行が手数料の支払いを求める政策のこと。市中銀行が中央銀行に預ける資金に手数料が発生することから、中央銀行に預けずに企業や個人への貸出し等にシフトされ、経済の活性化につながると期待される。古くは1970年代にスイスマイナス金利政策を導入したことがあるが、これは他国からの資金流入に伴う通貨高により引き起こされるデフレを防ぐために行われた政策であり、当時は国外から流入する外国人の金融資産のみが対象であった。2000年以降では、スウェーデンで2009年から2010年にかけて、デンマークで2012年から2014年4月まで当該政策が実施された。その後、2014年6月には主要国・地域として初めてヨーロッパ中央銀行ECB)がマイナス金利政策を導入した。そのために、ユーロを導入していないデンマークでは自国通貨高圧力を下げる目的で、ふたたび2014年9月にマイナス金利政策を導入した。日本においても2016年(平成28)1月に「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」としてマイナス金利政策を導入した。さらに、ユーロを導入していないハンガリーでも2016年3月から当該政策を導入している。

 ここで各国のマイナス金利政策導入の目的は、インフレ率上昇による物価安定と自国通貨高圧力緩和による為替(かわせ)相場安定に分かれるものの、当該政策の効果に関しては現状では明確に現れているとはいえない()。

[前田拓生 2017年3月21日]

非伝統的金融政策

マイナス金利政策は、「量的金融緩和政策」(quantitative monetary easing policy:QE)といわれる政策と同じく、「非伝統的金融政策」(または「オルタナティブな金融政策」)とよばれている。他方、従来、中央銀行においては、金融政策を運営するうえで操作対象となる短期金利(無担保コールレート・オーバーナイト物)を政策金利とし、日々短期金融市場の資金量を調節(金融調節)することで政策金利に誘導するとともに、必要であれば政策金利を上下に動かすことで、当該国の物価の安定および経済の持続的な発展を図ってきた。このように日々の金融調節や政策金利の変更等を通じて物価の安定および経済の持続的な発展のために行われる金融政策のことを「伝統的金融政策」という。

 伝統的金融政策からマイナス金利政策に一足飛びに移行していったわけではない。すなわち非伝統的金融政策においても複数のレベルが存在する。日本の非伝統的金融政策は、マイナス金利の要素を付加した「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」に至るまでに、「ゼロ金利」「量的緩和」「包括的金融緩和」「量的・質的金融緩和」を経ており、5段階のレベルがある(清水功哉(しみずいさや)著『緊急解説 マイナス金利』2016)。なお、2016年9月に「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」が導入されたので、この政策も含めるとレベルが六つ存在することになる。

[前田拓生 2017年3月21日]

日本

マイナス金利付き量的・質的金融緩和

日本においてマイナス金利政策にあたる「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」が導入されたのは2016年1月である。この政策では、一般の預金者に直接的に影響するような預金金利等を「マイナスにする」ということではなく、市中銀行等が保有する日本銀行(日銀)当座預金の一部について「マイナス0.1%のマイナス金利を適用する」というものである。ここでマイナス金利になるのは、2013年4月から導入された、従来の「量的・質的金融緩和」(レベル4)のもとで各金融機関が積み上げた残高等を除き、当該政策が実施されて以降に積み上げた残高に対して適用される。日銀当座預金の金利をマイナス化するということは、イールドカーブ(利回り曲線)の起点を引き下げることを意味し、従来通りの大規模な長期国債買入れとあわせることで、金利全般により強い下押し(下落)圧力を加えることができる。さらにマイナス金利幅を拡大することで政策効果を高めることも可能になることから、政策の自由度も広がるというメリットもある。

 このように従来の「量」と「質」に「マイナス金利」を加えた三つの次元の追加的な緩和が可能なスキーム(計画)にすることで、2%の「物価安定の目標」の早期実現を図った。

[前田拓生 2017年3月21日]

マイナス金利政策の問題点

日銀当座預金金利の一部をマイナス化したことによってイールドカーブの起点が引き下がるとともに、量的・質的金融緩和政策として引き続き強力に長期国債の買入れを継続したことで、金利全般にいっそう強い下押し圧力が働いた。その結果として、イールドカーブの起点がマイナスになり、より長い期間の金利についてもフラット(水平)化したために10年国債もマイナス圏を推移するようになり、長短金利差(イールドスプレッド)は縮小した。市中銀行の伝統的なビジネスモデルは、預金を預かり企業等に貸し出すことであるため、預金金利はマイナスにできないことから、金利全般がマイナス圏で推移しつつ、イールドスプレッドが縮小すると、市中銀行の収益構造が成立しづらくなってしまうという問題が生じる。また、長期資金を取り扱う年金および保険についても運用が困難となってしまう。そのため、金融機関では総じて当該政策に対する評価は厳しいものが多い。加えて、物価動向についても、前年比でマイナスになるなど、当該政策を導入してもなお引き続き下押し圧力が存在している。

[前田拓生 2017年3月21日]

「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の導入

こうした問題に対処しつつ、さらに政策効果を高めるために非伝統的金融政策のレベル6にあたる「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」が2016年9月に導入された。当該政策では、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の弊害に対処するための「イールドカーブ・コントロール」(長短金利操作)と、時間軸政策の強化としての「オーバーシュート型コミットメント」(2%の物価安定目標を超えるまで金融緩和を継続すると約束すること)を、そのおもな内容としている。

[前田拓生 2017年3月21日]

『西本さおり・川野祐司「デンマークとスウェーデンにおけるマイナス政策金利」(「経済学部のワーキングペーパー」No.8・2013・東洋大学経済学部)』『吉田健一郎「欧州マイナス金利の日本への示唆」(「みずほインサイト 欧州」2016年2月19日・みずほ総合研究所)』『廉了「欧州に見るマイナス金利が銀行に及ぼす影響」(「経済レポート」2016年5月27日・三菱UFJリサーチ & コンサルティング)』『清水功哉著『緊急解説 マイナス金利』(2016・日経プレミアシリーズ)』


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知恵蔵mini 「マイナス金利政策」の解説

マイナス金利政策

民間金融機関が中央銀行に預ける預金の金利をマイナスにする金融政策。金融機関が中央銀行に預金の利息を支払うという異例の措置をとることで、預けていたお金を企業や個人への貸し出しに回すよう促し、経済の活性化につなげる狙いがある。一方で、運用難により金融機関の収益が悪化する懸念もある。2015年までにマイナス金利政策を導入したことがあるのは、スイス国立銀行、スウェーデン国立銀行、デンマーク国立銀行、ヨーロッパ中央銀行(ECB)の四つ。16年2月からは日本銀行でも導入が決定している。日銀の政策では、当座預金の金利全体ではなく一部をマイナスにすることで、金融機関の収益が大きく悪化しないよう配慮している。

(2016-2-2)

出典 朝日新聞出版知恵蔵miniについて 情報

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