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マウリキウス Mauricius Flavius Tiberius

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

マウリキウス
Mauricius Flavius Tiberius

[生]539頃.カッパドキア
[没]602. コンスタンチノープル
ビザンチン皇帝 (在位 582~602) 。公証人の出身で,のち軍人となり,対ササン朝のペルシア戦で軍功をあげた。チベリウス2世の没後,582年8月即位。同年アバール族のドナウ南下が始り重要都市が次々に陥落した。しかし東方では,ペルシアホスロー2世と和議を結んで (591) ,ペルシアとの抗争に終止符を打った。同時にラベンナとカルタゴに総督制度を設け,西方領土を確保した。 592年再び北方に目を転じてアバール討伐軍をドナウ戦線に送るが,長い戦役と高額の税徴収により,派遣軍の百人隊長フォーカスの反乱にあい中断,みずから退位した。

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世界大百科事典 第2版の解説

マウリキウス【Mauricius】

539ころ‐602
ビザンティン帝国の皇帝。在位582‐602年。対外的にはササン朝ペルシア内の内紛に際してホスロー2世の即位を援助し(591),これと友好関係を結び,ラベンナ(584)とカルタゴ(591)には帝国の西方領を守る橋頭堡として総督府を置いた。しかしバルカンではスラブとアバール族の南進を防ぎきれず,逆にドナウ越冬軍の反乱と,重税策による市民の離反にあい,対立皇帝フォーカスによりその地位を奪われ処刑された。【和田 広】

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