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マヒンダ Mahinda

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

マヒンダ
Mahinda

インドのアショーカ王の子。摩ひん陀と音写する。前3世紀頃在世。マヒンダはパーリ仏典に現れる名で,サンスクリット語ではマヘーンドラ Mahēndra。父王の師である目 犍連帝須のもとで出家し,のち父王の命令でセイロン (現スリランカ) へ行き,仏教の布教に努めた。セイロン国王の帰依と保護を受け,首都アヌラーダプラに大寺 (マハービハーラ) を建てた。やはり出家した妹のサンガミトラーをセイロンに呼び,そのときにブッダガヤーから菩提樹を持参させた。兄妹協力して布教に努め,セイロンで没した。

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世界大百科事典 第2版の解説

マヒンダ【Mahinda】

前3世紀後半,スリランカに初めて仏教を伝えた人。生没年不詳。マウリヤ朝のアショーカ王の子で,母はウッジャインの富豪の娘デービー。20歳のとき,モッガリプッタ・ティッサを師として出家した。アショーカ王が即位して17年目に,各地に伝道者が派遣されたが,彼はそのときイッティヤやスマナらを率いてスリランカに赴いた。32歳であった。スリランカでは,デーバーナムピヤティッサ王(在位,前247‐前207)の帰依を得て,マハーメーガバナ(大雲園)を寄進され,ここにマハービハーラ(大寺)を建立し,拠点とした。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

マヒンダ
まひんだ
Mahinda

生没年不詳。紀元前3世紀ころのインドの仏教僧。マヒンダはパーリ語名で、サンスクリット語ではマヘーンドラMahendra。摩(まひんだ)と漢訳される。仏教思想に基づいてインドを統治したマウリヤ王朝アショカ王の王子として西インドのウッジェーニー付近で生まれる。アショカ王のもとで第3回結集(けつじゅう)を主宰したモッガリプッタ・ティッサMoggaliputta Tissaに就いて出家し、学を修めた。のち父王の命令でセイロン島(スリランカ)に赴き、仏教を広めた。首都アヌラダプーラにマハービハーラ(大寺)を建立し、セイロン仏教の基盤をつくった。妹サンガーミッターSanghamittaも比丘尼(びくに)となり、セイロンに行き兄を助け、仏教伝道に努めた。[阿部慈園]

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世界大百科事典内のマヒンダの言及

【大天】より

…サンスクリットでマハーデーバMahādevaという。アショーカ王の子マヒンダ(前3世紀)の師で,アショーカ王が師のモッガリプッタ・ティッサの提唱にしたがい,インド各地に仏教伝道師を派遣したとき,マヒサマンダラMahisamaṇḍala(ナルマダー川の南方あたり)に赴いたとされる。彼は大衆部に近い思想をもっていたので,彼の弟子たちは大衆部の一支派である制多山(せいたせん)部を形成したという。…

【タムルク】より

…前3世紀のマウリヤ朝以来12世紀まで,ガンガー川流域の門戸として栄えた。アショーカ王の王子マヒンダがスリランカに仏教伝道に出立した地と伝えられ,周辺からは1~3世紀のローマの遺物が出土している。タームラtāmraは〈銅〉を意味し,古代には銅の輸出港としても知られていた。…

※「マヒンダ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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