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マリニョリ マリニョリMarignolli, Giovanni dei

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

マリニョリ
Marignolli, Giovanni dei

[生]1290頃
[没]1357
フィレンツェのフランシスコ会修道士。 1339年教皇ベネディクツス 12世に派遣されてアジアに渡り,約3年間,中国,インド,ジャワ,ペルシア,シリアを歴訪した。 54年カルル4世付き教誨師となってプラハに滞在したが,この間に『ボヘミア年代記』 Cronaca di Boemiaを記した。

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世界大百科事典 第2版の解説

マリニョリ【Giovanni dei Marignolli】

?‐1358か59
イタリア人宣教師。英語名はジョン。フィレンツェ名家の出身で,フランシスコ修道会所属。1339年6月に黒海を渡り,キプチャク・ハーン国の都新サライや,チャガタイ・ハーン国の都アルマリックに滞在したのち,42年8月19日,トゴン・テムル(元朝の最後の順帝)に上都(夏の都)で面会した。45年12月26日,泉州出帆セイロンに1年ほど滞在し,53年アビニョンに帰着,8年前に書かれたモンゴル・ハーカーン(大ハーン)の書簡をもたらした。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

マリニョリ
まりにょり
Giovanni de Marignolli
(1290以前―1357以後)

イタリア、フィレンツェの名門マリニョリ家出身のフランチェスコ会修道士。1338年、ローマ教皇の使節として元朝に派遣された。陸路により中央アジアのアルマリクを経由し、42年に元朝の首都大都(北京(ペキン))に到着し、元朝最後の皇帝順帝トゴンテムルに謁して、名馬を献じた。しばらく大都に滞在したのち、45年末、海路により帰途につき、54年にアビニョンに帰着した。のち、神聖ローマ皇帝カール4世より『ボヘミア年代記』の新たな編集を依嘱され、プラハでその仕事に従事した。マリニョリはその書中に、東方旅行で自らの見聞した中国やインドのことなどを織り込んだのである。[海老澤哲雄]
『オドリコ著、家入敏光訳『東洋旅行記』(1966・桃源社)』

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