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メノン Menon, V(enegalil) K(rishnan) Krishna

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

メノン
Menon, V(enegalil) K(rishnan) Krishna

[生]1897.5.3. マラバルカリカット
[没]1974.10.6. ニューデリー
インドの政治家外交官インド独立前,イギリスでインド国民会議派の情宣活動に従事。ロンドン経済学校で学んだのち法曹界に入り,1934~47年イギリス労働党員として活躍。 29~47年ロンドンのインド連盟書記。独立後,47~52年イギリス駐在インド高等弁務官。 53年帰国し,同年インド国会議員となり,62年までインド国連代表団団長をつとめた。 J.ネルーの非同盟外交の立役者の一人として国連で活躍。 57年国防相に就任したが,62年秋の中印国境紛争でのインド軍敗北のため引責辞職。 57,62年の総選挙で連邦下院議員となったが,67年の第4回総選挙では国民会議派に公認されず,以後無所属で左翼的活動を続けた。

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百科事典マイペディアの解説

メノン

インドの政治家。ロンドン大学へ留学中に在ロンドン反英民族グループに参加,卒業後もロンドンにおいて活動する。第2次大戦後官界に入り,在英インド高等弁務官,国連代表として活躍した。

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世界大百科事典 第2版の解説

メノン【Vengalil Krishnan Krishna Menon】

1896‐1974
インドの政治家。南インド,ケーララの豊かなナーヤル・カーストの家に生まれる。マドラスで大学教育を受け,イギリスのロンドン大学経済学院に学ぶ。1934年修士号と弁護士資格を得る。この間1929年にロンドンで結成したインド連盟India Leagueは,以後国民会議派のイギリス代表部的存在となる。ハロルド・ラスキの社会主義思想に引かれ,イギリス労働党の活動にも密接にかかわって,多くの社会主義者と接触した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

メノン
めのん
Vengalil Krishnan Krishna Menon
(1896―1974)

インドの政治家。南インドのコジコーデ(カリカット)生まれ。マドラス(現チェンナイ)で大学教育終了後、1924年ロンドンに留学。経済学・理学修士号、また1934年法廷弁護士資格を取得。1929年にはインド民族運動の宣伝組織「インド連盟」を設立した。社会主義思想に関心を寄せ、イギリス労働党とも密接にかかわった。J・ネルーともロンドンで会い、終生交友が続く。インド独立後、初代の在ロンドン高等弁務官。1953年下院議員に当選。無任所相を経て、1957年以後ネルー内閣国防相を務めたが、1962年、中印紛争での敗戦の責を問われ辞任。1967年無所属で下院議員当選。1946~1947年の国連安保理のインド代表。1952~1960年の国連総会へのインド首席代表。[内藤雅雄]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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