モフタル・ルビス(読み)もふたるるびす(英語表記)Mochtar Lubis

日本大百科全書(ニッポニカ) 「モフタル・ルビス」の意味・わかりやすい解説

モフタル・ルビス
もふたるるびす
Mochtar Lubis
(1922―2004)

インドネシア作家ジャーナリスト。西スマトラのパダン出身。日本占領時代には同盟通信社、独立革命期にはアンタラ通信社の記者。その後、日刊『インドネシア・ラヤ』、雑誌『ムティアラ』、文芸誌『ホリソン』を主宰スカルノとスハルト両政権を鋭く批判したため約10年間自宅軟禁と投獄処分を受け、新聞も6回の発禁処分を受ける。ジャーナリストの草分けで、その勇敢さと独立精神により、1958年マグサイサイ賞を受けた。戦争と革命の時代に登場した文学者群「45年世代」を代表する作家。作品は海外にも多く紹介された。代表作に『明日はない』Tidak ada esok(1950)、『果てしなき道』Jalan tak ada ujung(1952)、『インドネシア人自画像』(1980)などがある。

[佐々木信子]

『木村操訳『明日はない』(1969・育英開発舎)』『押川典昭訳『果てしなき道』(1980・文遊社)』『粕谷俊樹他訳『インドネシア人の自画像』(1982・勁草書房)』『M・ルビス著、粕谷俊樹訳『ジャカルタの黄昏』(1984・勁草書房)』『M・ルビス著、谷口五郎訳『虎!虎!』(1985・勁草書房)』

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改訂新版 世界大百科事典 「モフタル・ルビス」の意味・わかりやすい解説

モフタル・ルビス
Mochtar Lubis
生没年:1922-2004

インドネシアの作家,ジャーナリスト。西スマトラ生れ。日本軍の占領中,同盟通信社に勤め,独立革命期にアダム・マリクらとアンタラ通信社を設立。独立戦争のゲリラ兵の生と死を見つめた《明日はない》(1950),小心な一教師の姿を通して革命の情熱,野蛮を描く《果てしなき道》(1952)で作家として名声を得る。その後,独立後の特権階級腐敗をえぐった《ジャカルタ黄昏》(1963)などの小説を発表する一方,《インドネシア・ラヤ》紙を主宰してスカルノ政権の独裁告発。数度の投獄,自宅軟禁を受けたが屈せず,不正と闘う反骨の士として評価を高めた。1958年度マグサイサイ賞受賞。
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20世紀西洋人名事典 「モフタル・ルビス」の解説

モフタル・ルビス
Mochtar Lubis


1922 -
インドネシアの作家,ジャーナリスト。
西スマトラ、パダン生まれ。
日本占領時代に同盟通信社に務め、独立革命期の1945年アンタラ通信社を創設、’48年「インドネシア・ラヤ」を創刊、雑誌「ムティアラ」、文芸誌「ホリソン」を主宰しスカルノ政権の独裁を告発、批判、’56〜66年自宅軟禁、投獄の処分を受ける。ジャーナリストとして’58年マグサイサイ賞受賞、作家としては「明日はない」(’50年)、「果てしなき道」(’52年)、「ジャカルタの黄昏」(’63年)、「インドネシア人の自画像」(’80年)等の作品がある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

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