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ライスワイク条約 ライスワイクじょうやくTreaty of Ryswick

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ライスワイク条約
ライスワイクじょうやく
Treaty of Ryswick

1697年結ばれたファルツ戦争の締結条約。ファルツ選帝侯領の相続をめぐりフランスのルイ 14世とドイツ (神聖ローマ帝国,ドイツ諸侯国) ,イギリス,オランダ,スペイン,サボイアとの間に 89年から戦端が開かれたが,この戦争の講和会議は,スウェーデンの仲介で 97年5月ハーグに近いライスワイクで開かれた。9月 20日ドイツを除く諸国と,10月 30日ドイツと,それぞれ講和を締結。フランスは (1) ウィリアム3世をイギリス国王として承認,(2) ナイメーヘン和約以後獲得した土地は一部を除きスペイン,ドイツに返還,(3) ネーデルラントの要塞をオランダ兵が守備する,(4) ライン川右岸からの撤兵,ロレーヌの返還などを承認した。

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百科事典マイペディアの解説

ライスワイク条約【ライスワイクじょうやく】

1697年ハーグ近郊のライスワイクRijswijkでファルツ戦争終結のため結ばれた条約。フランスは,英国に対してはウィリアム3世の王位およびその相続者アンの王位継承権を認め,ドイツに対してはストラスブールなどを除く占領地を還付してライン右岸から撤兵した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ライスワイク条約
らいすわいくじょうやく

プファルツ戦争(別名アウクスブルク同盟戦争、1688~97)終結の講和条約。フランスに対する、イギリス、オランダ、スペイン、ドイツ(オーストリア)などアウクスブルク同盟諸国との間に締結された。1697年9月から10月にかけてオランダのライスワイクRijswijk(英名リズウィックRyswick)で和平交渉が行われ、ウィリアム3世のイギリス王位承認、オランダのスペイン領ネーデルラント要塞(ようさい)地帯に対する駐兵の承認、そしてフランスはナイメーヘンの和約以降の征服地を、ストラスブールなどを除いて返還することなどを取り決めた。この結果、ルイ14世の目ざす大陸制圧政策は阻止された。[千葉治男]

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