コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ラウベ Laube, Heinrich

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ラウベ
Laube, Heinrich

[生]1806.9.18. シュプロッタウ
[没]1884.8.1. ウィーン
ドイツの作家。「若きドイツ」派に属し,戯曲『カルル学院生徒』 Die Karlsschüler (1846) ,『エセックス伯』 Graf Essex (56) ,小説『若きヨーロッパ』 Das junge Europa (3巻,33~37) や評論において反権力活動を展開。ウィーンのブルク劇場監督としての演劇活動 (49~67) も高く評価されている。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

ラウベ【Heinrich Laube】

1806‐84
ドイツの小説家,劇作家,演出家。シュレジエンの出身。青年ドイツ派に属し,自由主義的な著作のため1年半の禁固刑に処せられた。小説《若いヨーロッパ》(1833‐37),ハイネにならった旅行記《紀行短編集》(1834‐37)を発表した後,ウィーンのブルク劇場の総監督となり,同時代の演劇の発展に貢献した。戯曲作品に《カール学院の生徒たち》(1847)などがある。【前田 彰一】

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ラウベ
らうべ
Heinrich Laube
(1806―1884)

ドイツの劇作家、評論家。シュプロッタウ(シュレージエン北西部)生まれ。「青年ドイツ派」のベルリン・グループに属し、『エレガンテ・ウェルト』紙を編集。演劇に対して、ラウベは自然の肉声と現実感覚を求め、活発な批評活動を展開するかたわら、数多くの戯曲や小説などをも創作する多産的かつ多才な作家であった。しかし『カール高等学院の生徒たち』(1846)を別にすれば、彼の戯曲は今日上演されることはない。晩年は舞台監督として、ウィーンのブルク劇場の発展に力を尽くした。[林 睦實]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典内のラウベの言及

【ブルク劇場】より

…最初の演出委員会時代を経て,89年にブロックマンが支配人となりワイマールで試みられた古典様式を引き継ぎ,シュライフォーゲルJosef Schreyvogel(1768‐1832)の指導する時代(1814‐32)には格式の高い古典的な様式の基礎を固めた。H.ラウベは話術の完成に腐心し,ディンゲルシュテットFranz von Dingelstedt(1814‐81)の監督時代(1870‐81)には舞台装置の様式が確立した。1888年には,G.ゼンパー設計の新しい劇場が完成している(1944年に空襲で消失)。…

※「ラウベ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

ラウベの関連キーワードクロネッカー(Hugo Kronecker)グリゴリー コジンツェフギュンター ラミンカルテジアニスムカール リヒタークルト トーマスクラインガルテンコージンツェフバダ ハリ3月14日1月13日ロシア映画2月24日9月18日中南米映画森の情景民衆詩派胎児心音ノイバーラミーン

今日のキーワード

偽計業務妨害罪

虚偽の風説を流布し,または偽計を用いて人の業務を妨害する罪 (刑法 233) 。流布とは,犯人自身が公然と文書,口頭で伝達するほか,口伝えに噂として流す行為も含む。偽計とは人を欺罔,誘惑し,あるいは人...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android