ラファエッロ(読み)らふぁえっろ(英語表記)Raffaello Sanzio (Santi)

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ラファエッロ
らふぁえっろ
Raffaello Sanzio (Santi)
(1483―1520)

イタリアの画家、建築家。英語でラファエルRaphael。レオナルド・ダ・ビンチ、ミケランジェロとともに盛期ルネサンスの三大巨匠の一人であり、ルネサンス古典様式のもっとも純粋で優美な体現者、イタリア的明晰(めいせき)と調和の結晶、西欧アカデミズム=古典主義絵画の祖とみなされる。画家としてのラファエッロは、驚くべき早熟な天才として、ウンブリアの地方画家からバチカンの教皇庁宮廷画家にまたたくまに登り詰め、最高の社会的栄誉と世俗的成功をほしいままにし、幸福で洗練されたエリート芸術家として、早くから伝説的存在となった。[森田義之]

生涯と絵画作品


修業期
ラファエッロは1483年3月28日にウルビーノで画家・宮廷詩人のジョバンニ・サンティ(1494没)の子として生まれた。少年期の修業については不明だが、画家としての修業を父のもとで始め、ついで同郷の画家ティモテオ・ビーティに学んだらしい。99年前後(16歳ころ)にペルージアの人気画家ペルジーノの工房に入門し、その柔和で明快甘美な前古典的様式を急速に吸収。ペルージアのカンビオ(両替組合本部)の壁画装飾(1500)では師の助手として参加したものと推測される。最初の大作である同市サン・フランチェスコ聖堂のための『聖母の戴冠(たいかん)』(バチカン絵画館)や『マリアの結婚』(ミラノ、ブレラ美術館)では、ペルジーノの様式への完璧(かんぺき)な同化がみられるが、同時に、彼独自の音楽的な線のリズムや軽快な優雅さの感覚が認められる。こうした天性の絵画的資質は、この時期の『三美神』(シャンティイ、コンデ美術館)、『騎士の夢』(ロンドン、ナショナル・ギャラリー)、『聖ゲオルギウス』(パリ、ルーブル美術館)などの小品にもいっそう夢幻的なトーンを帯びて表れている。[森田義之]
フィレンツェ時代
1504年の秋ごろ、ラファエッロはあこがれの芸術中心地フィレンツェに移り、08年までの4年間(この間たびたびペルージアに仕事のため戻っているが)、レオナルド、フラ・バルトロメオ、ミケランジェロなどのフィレンツェ派の芸術を旺盛(おうせい)に研究して、従来の内気な地方的様式を一新した。とくに、『聖アンナ』画稿を発表して話題をよび、『モナ・リザ』を制作中であったと推測されるレオナルドから深い影響を受け、その有機的なピラミッド型群像構成や霊妙な明暗表現を吸収して、静謐(せいひつ)典雅で豊麗な生命感にあふれる古典様式を確立する。この時期の代表作には、『大公の聖母』(フィレンツェ、ピッティ美術館)、『鶸(ひわ)の聖母』(フィレンツェ、ウフィツィ美術館)、『牧場の聖母』(ウィーン美術史博物館)、『美しき女庭師』(ルーブル)などの一連の優雅な聖母子画や聖家族図、肖像画『ドーニ夫妻』(ピッティ)、またミケランジェロの影響を示す劇的な『キリストの埋葬』(ローマ、ボルゲーゼ美術館)があげられる。[森田義之]
ローマ時代
1508年の末に、同郷のブラマンテの推薦で教皇ユリウス2世に招かれてローマに移ったラファエッロは、20年4月6日に37歳の若さで世を去るまでの12年間、バチカン宮廷画家としてユリウス2世とレオ10世の2代の教皇に仕え、時代の寵児(ちょうじ)として画業の頂点を極めた。
 バチカン宮では、システィナ礼拝堂の天井画を制作中のミケランジェロから深い影響を受けて、第三様式ともいえる堂々たる大様式(グランド・マナー)で、「署名の間」(1508~11)をはじめ、「エリドーロの間」(1511~14)、「ボルゴの火災(インチェンディオ)の間」(1514~17)などの諸室を次々に壁画で装飾する。またシスティナ礼拝堂を飾るためのタペストリーの原寸大下絵(カルトン)「使徒行伝」(ロンドン、ビクトリア・アルバート美術館)やロッジア(開廊)の壁画装飾にも携わった。「署名の間」の諸壁画、とくにルネサンス人文主義の象徴的絵画というべき『アテネの学堂』は、壮大な建築空間と多数の人物群像の完璧な統一と調和を実現して古典様式の規範とされるが、「エリドーロの間」以後の装飾活動においては、しだいに助手や弟子(ジュリオ・ロマーノ、G・F・ペンニ、ペリン・デル・バーガら)の参加が多くなり、作風も劇的で錯綜(さくそう)したマニエリスムの傾向を強める。ロッジアの装飾では、古代の室内装飾を再生させたグロテスク装飾(唐草文(からくさもん)と古代的な人物・動物モチーフを組み合わせた幻想的な装飾様式)を生み出し、「ラファエレスコ」文様ともよばれて大きな流行をみた。
 そのほかローマでは、バチカン宮のための仕事と並行して、多くの貴族や聖職者などのパトロンのために休むことのない旺盛な制作活動を展開する。なかでもシエナ出身の大銀行家アゴスティーノ・キージのためには、ファルネジーナ邸の壁画装飾(『ガラティアの勝利』〈1511〉、および大部分が弟子の手になる「プシュケのロッジア」の天井装飾〈1517〉)のほか、サンタ・マリア・デッラ・パーチェ聖堂の壁画装飾(『シビュラたち』1514)、サンタ・マリア・デル・ポポロ聖堂のキージ家礼拝堂の設計と円天井のモザイク装飾などを手がけている。
 祭壇画や宗教画の分野でも引き続き多くの傑作を生み出した。『フォリーニョの聖母』(1511~12、バチカン絵画館)、『サン・シストの聖母』(1513~14、ドレスデン絵画館)、『聖チェチーリア』(1514、ボローニャ国立絵画館)、『小椅子(いす)の聖母』(ピッティ)などである。とりわけ弟子のジュリオ・ロマーノによって完成された未完の絶作『キリストの変容』(1517~20、バチカン絵画館)は、前バロック的ともいえる新しい局面――激しい劇的葛藤(かっとう)と明暗対比、深い内面的宗教性――を示している。
 肖像画家としての活動も重要で、『ユリウス2世』(ロンドン、ナショナル・ギャラリー)や『レオ10世と二人の枢機卿(すうききょう)』(1518~19、ウフィツィ)をはじめ、『宮廷人の書』の著者である人文主義者『バルダッサール・カスティリオーネの肖像』(1515ころ、ルーブル)、『ベールの女(ラ・ベラータ)』(1516、ピッティ)や伝説の恋人『ラ・フォルナリーナ』(1518~19、ローマ国立美術館)などが知られる。[森田義之]

建築家としての活動

建築家としては、1514年に没したブラマンテの後を継いで、レオ10世よりサン・ピエトロ大聖堂の建築主任に任命され、その造営事業を指導した。また翌年には古代遺物監督官に任ぜられて、古代モニュメントの調査と遺跡地図の作製(未完)にあたった。彼の設計として知られる建築作品には、前記のキージ家礼拝堂のほか、ビドーニ‐カファレッリ邸、ローマ郊外のビラ・マダマなどがある。その作風はフランチェスコ・ラウラーナやブラマンテを継承した優雅で厳格な古典主義といえるが、今日ではその作品の多くが大幅な改修を受けているために、正確な評価はむずかしい。[森田義之]

ラファエッロ神話と後世への影響

ラファエッロは存命中から芸術家として最高の栄誉に包まれ(年少のときには希有(けう)な神童画家として、ローマ時代には教皇庁付きの芸術家として)、莫大(ばくだい)な財産を築き(ブラマンテ設計のカプリーニ邸ほか多くの不動産を所有)、多くの賛美者やパトロン、弟子たちに囲まれ、短命だが華やかで幸福な「王侯貴族のごとき」(バザーリ)生活を送った。美しい容姿に恵まれ、性格は明朗快活で温雅、宮廷人としての洗練された物腰を備え、偏屈な奇人ミケランジェロとは対照的に、あらゆる人々から愛されたといわれ、欠けるもののない完全な芸術家として早くから神話化された。
 ラファエッロの芸術は、明晰と調和、静謐と典雅といった古典様式の要件を完璧に備えると同時に、感性豊かな自然主義と理知的抽象化、繊細優美な詩情と荘重で劇的なモニュメンタリティなどの多様な要素をみごとに融合して、絵画芸術の完全さの典型(「神のごときラファエッロ」)とまでみなされる。その作品は、各国の王侯貴族や収集家にこぞって求められ、またマルカントニオ・ライモンディの銅版画や数多くの模写を通じてヨーロッパ中に広まり、マニエリスムからバロック、新古典主義までの近世の西欧絵画において、権威ある美的規範、アカデミズムの源泉として圧倒的な影響力を及ぼし続けた。[森田義之]
『摩寿意善郎編訳『リッツォーリ版世界美術全集 5 ラファエルロ』(1975・集英社) ▽若桑みどり著『新潮美術文庫 3 ラファエルロ』(1975・新潮社) ▽J・H・ベック著、若桑みどり訳『ラファエルロ』(1976・美術出版社) ▽嘉門安雄著『ラファエルロ』(1978・集英社) ▽D・レディグ・デ・カンポス著、佐々木英也訳『ラファエルロの壁画――ヴァティカン宮』(1984・岩波書店) ▽A・P・トファニ、P・デ・ヴェッキ著、森田義之訳『ウフィツィ美術館素描版画室蔵 ラファエルロ素描集』(1984・岩波書店) ▽高階秀爾著『ラファエルロ』(1985・中央公論社) ▽生田圓著『世界の素描 ラファエロ』(1979・講談社)』

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