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リンゼー Lindsay, Alexander Dunlop

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

リンゼー
Lindsay, Alexander Dunlop

[生]1879. グラスゴー
[没]1931
イギリスの政治哲学者。プラトン研究から出発し,T.H.グリーン,ボサンケットらの理想主義的政治哲学を継承した。自発的結社の役割を強調した民主主義論を展開し,政治的には労働党と近い立場をとった。主著『民主主義の本質』 The Essentials of Democracy (1929) ,『現代民主主義国家』 The Modern Democratic State (43) 。

リンゼー
Lindsay(Lyndsay), Sir David

[生]1490頃
[没]1555頃
スコットランドの詩人,政治家。宮廷人となり紋章院長官,皇太子 (のちのジェームズ5世) の式部官などをつとめた。当時の政治や聖職者を風刺した詩で有名。代表作は道徳劇『三階級風刺編』 Ane Satyre of the Thrie Estaits (1540) 。

リンゼー
Lindsay, Howard

[生]1889.3.29. ニューヨークウォーターフォード
[没]1968.2.11. ニューヨーク
アメリカの俳優,劇作家。 R.クラウスとコンビを組んで,多くのすぐれた戯曲を書き,上演した。 1939年には C.デーの小説『父との生活』 Life with Fatherを脚色して主演,3213回のロングランを記録した。そのほかクラウスとはピュリッツァー賞受賞作『連邦の状態』 State of the Union (1946) ,ミュージカル『サウンド・オブ・ミュージック』 Sound of Music (56) などの台本を合作している。

リンゼー
Lindsay, John Vliet

[生]1921.11.24. ニューヨーク
[没]2000.12.19. サウスカロライナ,ヒルトンヘッド島
アメリカの政治家。エール大学卒業後,ニューヨーク州で弁護士を開業。 1955~56年共和党政権下で司法長官補佐官。 1959~65年ニューヨーク市選出共和党下院議員。自由党の支持も得て 1965年 11月共和党からニューヨーク市長に当選した。 1969年の市長選挙では党内予備選挙で敗れたが,自由党から出馬し再選。 1971年8月民主党に入党。 1972年 11月東京で開催された世界大都市会議に出席するため訪日した。 1973年市長退任後民間会社に復職。

リンゼー
Lindsay, Norman (Alfred William)

[生]1879.2.23. クレスウィック
[没]1969.11.29. シドニー
オーストラリアの画家,著作家。 16歳でメルボルンの新聞に漫画,挿絵を寄稿。 1901年以降はニューサウスウェールズに移住。『シドニー・ブリティン』紙の漫画家として知られ,自作の小説を含む多くの著書の挿絵を描いた。主要作品は『ノーマン・リンゼーペン画集』 (1918) に収録。

リンゼー
Lindsay, (Nicholas) Vachel

[生]1879.11.10. イリノイスプリングフィールド
[没]1931.12.5. イリノイ,スプリングフィールド
アメリカの詩人。シカゴ,ニューヨークなどで美術を研究しつつ詩作に励み,自作の詩を朗読しながら各地を放浪。力強いリズムと新鮮なイメージによる『ウィリアム・ブース大将天国に入る』 General William Booth Enters Into Heaven (1913) をはじめ,『コンゴ川』 The Congo (14) ,『チャイニーズ・ナイチンゲール』 The Chinese Nightingale (17) などによって新詩運動の中心的存在となった。その後も続けて詩集を出したが 1920年以後には『小屋のともしび』 The Candle in the Cabin (26) 以外ほとんどみるべきものがなく,次第に人生に懐疑的になり,病的な良心に苦しんで服毒自殺をとげた。

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百科事典マイペディアの解説

リンゼー

米国の詩人。〈シカゴ派〉の1人。大学卒業後,吟遊詩人を志し,詩集《ウィリアム・ブース将軍天国に入る》(1913年),《コンゴ》(1914年)等にまとめられた自作詩を宿代がわりに朗読しながら放浪した。

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世界大百科事典 第2版の解説

リンゼー【Nicholas Vachel Lindsay】

1879‐1931
アメリカの詩人。イリノイ州出身。自分のおもわくに反して,大衆的な吟遊詩人,ホイットマンの系列につらなる詩人として有名になった。代表作には《ウィリアム・ブース将軍天国に入る》(1913)がある。マス・メディアとしての詩を書き,〈内容〉やメッセージを重要視し,イマジズムの影響の圏外にあったため,現代詩人としての評価は低いほうである。精神分裂をきたして自殺した。【徳永 暢三】

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367日誕生日大事典の解説

リンゼー

生年月日:1889年3月29日
アメリカの俳優,劇作家
1968年没

リンゼー

生年月日:1921年11月24日
アメリカの政治家
2000年没

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世界大百科事典内のリンゼーの言及

【映画】より

…同じころ,他の芸術との対比において映画の独自性を強調し,証明する方向に向かっていったカニュードは,映画における演劇性,とくに演劇をフィルムに撮っただけのフィルム・ダール社の作品を映画の敵とみなし,〈エクラニスト〉,すなわち〈スクリーンの芸術家〉は,〈現実を自分の心の夢に形どって変形し,魂の状態を表現するために光を細工しなければならない〉と主張するに至るのである。
[映画における〈芸術的差別〉]
 アメリカにおける映画批評の原点として知られるN.V.リンゼーの《映画の芸術The Art of the Moving Picture》が出版されたのは,D.W.グリフィスの大作《国民の創生》が公開された1915年のことであった。詩人のリンゼーは,例えば映画館をピラミッドの玄室の暗やみにたとえたり,女優のメリー・ピックフォードをボッティチェリの絵の女に比較したり,映画を絵画や他の芸術とのアナロジーにおいてとらえ,映画の本質を〈アクション(動き)〉〈インティマシー(人情)〉〈スプレンダー(壮麗)〉という三つの要素に還元し,〈動きの映画は彫刻に動きを与えたものであり,人情の映画は絵画の動いたものであり,壮麗の映画は動く建築である〉と定義した。…

※「リンゼー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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