日本大百科全書(ニッポニカ) 「政治思想」の意味・わかりやすい解説
政治思想
せいじしそう
広義には個人・集団を問わず、政治について抱いているさまざまな考え方や理論。狭義にはアリストテレス、マキャベッリ、ロック、ルソーなど、政治思想家とよばれる人たちの体系的政治理論をいう。
[田中 浩]
広義の政治思想
ある時代の政治思想は、だれが、あるいはいかなる階級・階層が権力を握り、政治を支配しているかによって定まる。古代専制君主や絶対王制の時代、近代資本主義国家、社会主義国家において、政治権力の正当性根拠(神権説、人民主権論など)、政治権力行使の方法論(君主主権論、議会制民主主義、独裁、民主集中制など)がそれぞれに異なるのはそのためである。したがって、政治思想は一般には、ある政治・経済体制を統治している人あるいは集団の安定・維持を図る思想として機能している、といえよう。
ところで、いかなる国家や社会においても、政治権力の把持者に対抗する勢力がつねに存在している。そして、これらの勢力は、現存の支配的な政治思想に対して批判的・敵対的な思想を形成し、新しい政治思想を構築しようとする。したがって、ある新しい政治体制が確立されれば、それに適合的な新しい政治思想が支配的な思想として定着するが、やがてその政治体制のなかに、より多数の人々の自由や幸福に役だつと思われる政治思想が出現すると、ここに新・旧両政治思想間に対立・矛盾が生じ、旧思想が新思想を取り入れて自らの政治思想の転換を図る場合もあろうし、ときには、新思想が勝利を収めて、政治権力や政治支配の方式そのものまでも変更してしまう場合(革命)もある。政治思想をこのようにとらえる場合、政治思想の研究とは、現に政治を支配している個人あるいは集団の思想分析、またはそれに対抗する諸勢力の抱く政治思想の分析ということになる。
[田中 浩]
狭義の政治思想
次に個々の政治思想家の政治思想の場合であるが、これらの政治思想は、ある特定の時代や国における政治支配層や国民大衆の抱く政治思想を理論的に体系化したものといえる。この場合には、新しい政治思想の台頭を抑え、現存の政治支配層の抱く政治思想を擁護する思想〔フィルマー、ボシュエ、バーク、ヘーゲル、加藤弘之(ひろゆき)、シュミット〕もあれば、新しい政治思想の理論化を目ざし、その意味で旧思想と対立する政治思想(ホッブズ、ルソー、マルクス)もある。したがって、個々の政治思想家の思想を研究することを通じて、社会の進歩を妨げている思想とはいかなるものか、あるいはまた人間の権利や自由を拡大するにはどうすればよいかについての思想や理論を学ぶことができるのである。
[田中 浩]
政治思想研究のタイプ
ところで、政治思想研究のタイプとしては、歴史の進歩・発展に貢献した重要な思想家たちの思想体系を、古代から現代に至るまで跡づけて概観する方法もあれば、ある特定時代たとえばルネサンス・宗教改革・市民革命の時代までとか、あるいは19世紀における社会主義思想の登場の時代からロシア革命・中国革命に至る時期とか、さらにはファシズムの時代とかを取り出して、新・旧両政治思想の対抗関係を通じて政治思想の変化の過程を分析してみる方法とか、ある特定のテーマ、たとえば、国家観、主権思想、自由の思想の発展・変化などを対象として取り上げ、分析する方法もある。
いずれにせよ、政治思想は、絶えず対立をはらんで不断に変化し発展するものであり、その意味で政治思想の研究は、今後の人類史の新しい方向を発見するうえで重要なものといえよう。
[田中 浩]
『田中浩著『国家と個人』(1990・岩波書店)』▽『田中浩著『近代政治思想史』(1995・講談社)』