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レイモンド Raymond, Antonin

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

レイモンド
Raymond, Antonin

[生]1888.5.10. プラハ
[没]1976.10.25. ニューホープ
チェコ生れのアメリカの建築家。プラハ大学卒業後,1910年渡米,F.ライトに師事してタリアセンの活動に加わる。のちにニューヨークで独立するがふるわず,16年帰化。 20年東京の帝国ホテル建設のためライトの助手として来日。ライト帰国後,引継いで工事を完成させ,東京に建築事務所を開く。聖路加病院 (1923~28) ,フランス大使館 (30) ,東京女子大学 (21~23,講堂とチャペルは 35) を設計。 39年帰米。 48年東京に再び事務所を開設して,日本における第2次世界大戦後最初の近代建築であるリーダーズ・ダイジェスト東京支社をはじめ,アメリカ大使館アパート (51~52) ,群馬音楽センター (61) ,名古屋南山大学 (62~64) などを建てる。日本に現代建築理念を伝えるとともに,伝統建築のなかから現代に通じる設計用語を再評価して,日本近代建築の父と称される。門下から前川国男吉村順三らの建築家を輩出した。

レイモンド
Raymond, Henry Jarvis

[生]1820.1.24. ニューヨーク,ライマ近郊
[没]1869.6.18. ニューヨーク
アメリカのジャーナリスト,政治家。 H.グリーリーのもとで週刊誌『ニューヨーカー』 (1840) ,日刊紙『ニューヨーク・トリビューン』 (1841~48) の編集に従事。 1851年,資金不足から遅延していた『デーリー・タイムズ』 (1857年『ニューヨーク・タイムズ』と改題) を刊行した。 H.グリーリーの有能な社員であったが,ニ人は気質的に合わず,政敵となった。ホイッグ党のニューヨーク副知事に指名され,1854年当選。 1856年2月,ピッツバーグにおける新生共和党大会の開催に際しては「人民への請願」として知られる党綱領を執筆,1864年には A.リンカーン大統領の政治綱領発表の大半を準備し,この年以降 1866年まで共和党全国委員会委員長,1865~67年下院議員をつとめた。

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デジタル大辞泉プラスの解説

レイモンド

《Raymond》MLBに加盟するプロ野球チーム、タンパベイ・レイズのチーム・マスコット。青いアザラシ。

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