コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ロキタンスキー ロキタンスキー Rokitansky, Karl, Freiherr von

3件 の用語解説(ロキタンスキーの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ロキタンスキー
ロキタンスキー
Rokitansky, Karl, Freiherr von

[生]1804.2.19. ケーニヒグレーツ
[没]1878.7.23. ウィーン
オーストリア病理学者。 19世紀後半,世界の医学の中心となった新ウィーン派の代表的人物で,病理学を医学の基礎的な学問とさせた人。プラハとウィーンの両大学で医学を修め,1844年ウィーン総合病院に世界で初めて病理解剖学専門の教授がおかれたとき,その初代教授となる。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

ロキタンスキー【Karl von Rokitansky】

1804‐78
オーストリアの病理解剖学者,新ウィーン学派とよばれる医学の近代化運動の代表者でもある。ボヘミアのケーニヒグレーツ生れ。はじめプラハ大学,ついでウィーン大学医学部で学び,1827年ウィーン大学病理学助手,翌年学位をうけるとともにウィーン総合病院の病理解剖を担当。生涯ここで彼がおこなった解剖は3万体を超えるという。44年正教授として病理解剖学を担当,その豊富な経験をもとに臓器病理学を集大成した。69年からウィーン科学アカデミー会長をつとめるなど,オーストリアの科学・医学界で重い地位についた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ロキタンスキー
ろきたんすきー
Karl Freiherr von Rokitansky
(1804―1878)

オーストリアの病理解剖学者。オーストリア領であったボヘミアのケーニヒスグレーツ(現、チェコ)に生まれ、プラハとウィーンの大学で医学を修めた。1944年ウィーン大学病理解剖学教室の初代教授。多数の剖検に基づく病理解剖所見により肉眼(マクロ)病理解剖学を集大成、とくにスコーダらの臨床医の協力を得て、臨床症状と剖検所見との対応について詳細な検討を加えた。ロキタンスキーヘルニア(粘膜ヘルニア)、ロキタンスキー腫瘍(しゅよう)、ロキタンスキー-フレリック病、ロキタンスキー-キュスター症候群などに名を残している。『病理解剖学綱要』『病理解剖学教科書』が主著。[澤野啓一]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ロキタンスキーの関連キーワードウィーン学派ハンオーストリア併合病理解剖学VPOウィーン気質ウィーン国立バレエ団ショルムヘブラ病理解剖学的診断

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone

ロキタンスキーの関連情報