三好義賢(読み)みよし よしかた

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「三好義賢」の解説

三好義賢 みよし-よしかた

1526-1562 戦国時代の武将
大永(たいえい)6年生まれ。三好元長の次男。阿波(あわ)(徳島県)の守護細川持隆の重臣天文(てんぶん)22年(1553)持隆を暗殺,その子細川真之(さねゆき)をたてて実権をにぎる。兄長慶(ながよし)の畿内平定に協力,永禄(えいろく)3年畠山高政を攻め河内(かわち)(大阪府)高屋城にはいった。5年3月5日畠山軍の反攻戦死。37歳。茶人としても著名。別名に之康など。号は実休。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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