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三舎法 さんしゃほうSan-she-fa; San-shê-fa

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

三舎法
さんしゃほう
San-she-fa; San-shê-fa

中国,北宋学制。官吏登用法としての科挙が学問のある者を選ぶことができても,必ずしも人格者を採用できない点を考慮し,煕寧1 (1068) 年,王安石が,太学定員を外舎 600,内舎 200,上舎 100人と増員し,試験をして外舎から内舎へ,内舎から上舎へと順次昇進させ,成績のよい者は科挙によらないでも官吏に任命できるようにした。外,内,上の3舎があったので,この学制を三舎法といった。旧法党時代一時廃止されたが,徽宗のとき舎生の定員は数千に上ったという。

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世界大百科事典 第2版の解説

さんしゃのほう【三舎法 Sān shè fǎ】

中国,宋代の太学制度。王安石が神宗の宰相として発案して始め,南宋末まで続いた。科挙は短時日に行う試験で,その人物や学問の全般を試すことができないので,太学を建て教育を行いながら試験して,人材を養成するのがその趣旨である。太学生はまず外舎に収容して教育を行い,試験に合格すれば内舎に昇せ,平常試験の上に卒業試験の舎試を受けて共に優秀なれば,科挙の第一甲進士と同じ優待を受ける。其の他は上舎に昇り,直ちに省試(後の会試)または殿試に応ずることを許された。

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