日本歴史地名大系 「上原城跡」の解説
上原城跡
うえはらじようあと
諏訪氏の山城跡(県史跡)で、上原村の北東部、諏訪盆地を一望する
築城の年代はつまびらかでないが、守矢満実書留の文正元年(一四六六)二月条に「御頭上原諏方安芸信満勤仕候」とあり、室町時代の中頃には諏訪惣領家が上原城とその館において諏訪地方の豪族団を統御していたことがうかがわれる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
諏訪氏の山城跡(県史跡)で、上原村の北東部、諏訪盆地を一望する
築城の年代はつまびらかでないが、守矢満実書留の文正元年(一四六六)二月条に「御頭上原諏方安芸信満勤仕候」とあり、室町時代の中頃には諏訪惣領家が上原城とその館において諏訪地方の豪族団を統御していたことがうかがわれる。
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出典 日外アソシエーツ「事典・日本の観光資源」事典・日本の観光資源について 情報
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