上願寺(読み)じようがんじ

日本歴史地名大系 「上願寺」の解説

上願寺
じようがんじ

[現在地名]岡山市下高田

当心とうしん山上にある。医王山薬師院と号し天台宗本尊薬師如来。貞享二年(一六八五)には大龍だいりゆう寺と号しており、山号は当意山。建久五年(一一九四)栄西が金山かなやま遍照へんじよう院に居住の際、後鳥羽院の勅令を受けて開いた太子土御門誕生の祈願所と伝える。塔・山王三社・護法堂などのほか一二の坊舎があったというが、乱世に退転し、西明さいみよう坊・実相じつそう(現実相寺)の二坊を残した。中興開山は天正(一五七三―九二)頃の円秀で、土佐で材木を調達して本堂建築に取掛り次代で完成。円秀より五代目のとき、寺の諸役を免じられたうえ、藩主利当より材木などを拝領あるいは寄進され、諸堂の完成をみた。本寺は金山寺遍照院。本尊の薬師は運慶の作とする(「賀陽郡・上房郡寺社改帳」総社市史編さん室蔵)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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