中央アフリカ(読み)ちゅうおうアフリカ

百科事典マイペディアの解説

中央アフリカ【ちゅうおうアフリカ】

◎正式名称−中央アフリカ共和国Central African Republic。◎面積−62万2984km2。◎人口−451万人(2010)。◎首都−バンギBangui(54万人,2005)。◎住民−バンダ人27%,バヤ人24%,マンジャ人21%,ウバンギ人12%など。◎宗教−土着宗教60%,カトリック20%,プロテスタント15%,イスラム。◎言語−フランス語(公用語),サンゴ語(国語),ハウサ語など。◎通貨−CFA(中部アフリカ金融協力体)フラン。◎元首−大統領,サンバ・パンザCatherine Samba-Panza(2014年1月暫定政府大統領就任,任期5年)。◎首相−マハマト・カムーンMahamat Kamoun(暫定)。◎憲法−2004年12月の国民投票で新憲法を公布。◎国会−一院制(定員105,任期5年)(2011)。◎GDP−20億ドル(2008)。◎1人当りGNP−360ドル(2006)。◎農林・漁業就業者比率−75%(1997)。◎平均寿命−男48.3歳,女52.1歳(2013)。◎乳児死亡率−106‰(2010)。◎識字率−55.2%(2009)。    *    *アフリカ中央部の共和国。フランス領赤道アフリカ時代の旧名はウバンギ・シャリ国土の大部分が標高600〜1000mの台地で,北東部にボンゴ山地がある。北部をシャリ川,南部のコンゴ民主共和国との国境をウバンギ川が流れる。北緯3°〜11°の熱帯にあり,中央部から北部にサバンナが広がり,南西部の森林地帯は多雨。農業が主で綿花,コーヒー,ラッカセイが主産物。牛の牧畜も行われる。ダイヤモンド,ウランの鉱産があり,ダイヤモンドが主要輸出品。 先住民はピグミーで,19世紀末にフランスが進出してきた。1910年に現在のガボン,コンゴ共和国,チャドとともにフランス領赤道アフリカを構成,1958年フランス共同体内の自治共和国となり,1960年完全独立した。1966年軍事クーデタで実権を握ったボカサは,1972年終身大統領となり,1976年国名を中央アフリカ帝国と改め,1977年には戴冠式を挙行して自ら皇帝を名乗るなど,独裁への道を歩んだ。1979年ボカサのリビア訪問中に前大統領ダッコが無血クーデタを行って帝制廃止,共和制移行を宣言した。亡命したボカサは1986年に帰国し,1987年死刑判決を受けたが,1993年特赦となった。1996年,1997年に国軍の一部兵士による反乱が続発し,1998年国連平和維持活動(PKO)が派遣された。2003年3月クーデタでボジゼ元将軍が権力を掌握し,2005年6月に大統領に就任した。2006年10月ごろから北東部で反政府武装勢力の活動が活発化し,ビオラ等の街を占拠する事件が頻発し,多数の国内避難民が発生。北東部の治安・人道状況改善のため,EU部隊(EUFOR)が派遣され,2009年3月からは国連中央アフリカ・チャドミッションが引き継いだが2010年12月に撤退。2011年1月に大統領選挙及び議会選挙が同時に実施され,ボジゼ大統領が再選された。しかし,2012年12月イスラム系反政府勢力セレカが諸都市を占拠し首都に迫り,2013年1月中部アフリカ諸国経済共同体(ECCAS)の仲介により,ガボンの首都リーブルビルにおいて政府及びセレカ等の間で和平交渉が行われ停戦合意及び政治合意等が署名された(リーブルビル合意)。政治合意は,大統領の2016年までの任期までの留任,1年以内の国民議会解散総選挙実施及び選挙のための挙国一致内閣の設立を約した。政治合意に則り,2013年1月17日に野党から首相が選出され,2月3日には挙国一致内閣が成立し,セレカからも閣僚が選出された。しかし,2013年3月,セレカがボジゼ大統領のリーブルビル合意の不履行を理由に武力攻撃を再開。3月23日にはセレカはバンギへ侵攻。3月ボジゼ大統領は国外に脱出,セレカのジョトディア指導者が自ら〈大統領〉就任を宣言し,翌25日ジョトディア氏は記者会見で憲法の無効化,内閣総辞職・議会解散,3年以内に行われる次回選挙まで自らが大統領令により法律を制定,チャンガイ首相の再任,を発表した。2013年4月には国民移行評議会が設立され,ジョトディア氏が〈大統領〉に選出された。2013年7月ジョトディア〈大統領〉により,次回選挙が行われるまでの18ヵ月間有効とされる〈暫定憲法〉が公布された。その後,セレカの兵士たちによるキリスト教徒を狙った虐殺や略奪が繰り返されたため,キリスト教系自警団組織のアンチ・バラカが武装しイスラム教徒の家を焼き払い,殺害するなど本格的な反撃に出て,衝突が激化し宗教対立の様相を見せている。2014年4月国連安保理は,キリスト,イスラム両教徒間の対立で市民の虐殺が続く中央アフリカ共和国で市民を保護するために武力行使を認めるPKOと〈国連中央アフリカ多面的統合安定化ミッション〉を展開する決議案を全会一致で採択した(安保理決議 第2149号)。2014年9月から本格的に活動を開始。2015年4月まで武装集団に武装解除を要求し,〈集団殺害犯罪〉や〈人道に対する罪〉を犯した個人を訴追・処罰する国際刑事裁判所の活動を支援した。国連では国内の戦闘によりすでに40万人の難民が発生しているとしている。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

中央アフリカ

国土は日本の約1.7倍、人口約460万人。1960年の独立以降、クーデターや独裁を繰り返し、一時は帝政をしいた。鉱物資源に恵まれるが、政情不安から開発は遅れている。バンギにあった日本大使館は2005年に閉鎖された。

(2013-03-26 朝日新聞 朝刊 2外報)

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世界大百科事典 第2版の解説

ちゅうおうアフリカ【中央アフリカ Central Africa】

正式名称=中央アフリカ共和国République Centrafricaine面積=62万2984km2人口(1996)=327万人首都=バンギBangui(日本との時差=-8時間)主要言語=サンゴ語,フランス語通貨=CFA(中部アフリカ金融協力体)フランFranc de la Coopération Financière en Afrique Centrale中部アフリカ地域の中央部に位置する内陸国

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