翻訳|Pygmy
アフリカの熱帯降雨林に居住する採集狩猟民。名称はギリシア伝説のピュグマイオイに由来する。カラハリ砂漠のサンとならび,かつてはアフリカ大陸の広い地域にわたって分布していた。その存在は,古くエジプトやギリシア世界にも知られていた。現在,ピグミーの分布は,コンゴ民主共和国(旧,ザイール),コンゴ共和国の盆地を中心に,西はカメルーンからナイジェリア,東はウガンダ,ルワンダ,ブルンジ,南はタンガニーカ湖の南方まで,かなり広範囲に分散している。そのなかで,まとまって居住するのはコンゴ(ザイール)川の北部とウバンギ川の西の低湿地に住むビンガBingaと呼ばれるグループと,コンゴ民主共和国北東部のイトゥリの森Ituri Forestに住むムブティMbutiのグループである。同じ採集狩猟民でも,サンと違ってピグミーには独自の言語はなく,隣接するバントゥー系やスーダン系の農耕民の言語を用いている。
イトゥリの森のムブティ(複数形はバンブティBambuti)は,ピグミーの典型的なタイプを代表するといわれていて,身長が成年男子で平均144cmと低く,球状毛の頭髪をもっている。人口は4万~5万人と比較的多く,伝統的な採集狩猟文化をよく保持している。とはいえ,イトゥリのムブティ・ピグミーは単一の集団ではなく,地域的に分かれている。北の集団はスーダン系の農耕民レセ族Leseと交渉をもち,レセ語を話し,狩猟も弓矢猟を中心に行う。南の集団はバントゥー系の農耕民ビラ族Biraと近く,ビラ語を話し,網猟を中心として狩猟を行う。ムブティは森林を熟知し,その自然の恵みを享受している。一般に男は狩猟,女は採集というが,果実,根茎類,キノコなどの植物性食料の重要性は近年少しずつ減少している。というのは,森で得た獲物の肉を農耕民のキャッサバなどの農作物と交換し,安定した主食に頼る傾向が増えたからである。彼らに独特な網猟は,高さ1.2m,長さ60~80mのつる製の網を,森の中にはりめぐらし,女たちが動物を追い込んでつかまえる集団猟である。この場合,狩猟には女も参加している。獲物はおもに中型,小型のダイカー(レイヨウ)で,ほかにホロホロチョウなどもかかる。弓矢猟は2,3人で出かけ,小型のダイカー,猿類,鳥類などを射る。また槍猟は象などの大物をねらう猟である。森の乾季,はちみつの季節になると,ムブティは猟を中止し,その採集に熱中し,その期間はちみつのみで暮らす。ピグミーの社会はバンドbandで構成されている。バンドは父系の出自原理で形成された集団で,一定のテリトリーをもっており,その範囲で狩猟を行う。狩猟活動の季節的変化に伴い,バンドサイズは変化するが,男たちの結束でメンバーは固定的である。ムブティ・ピグミーのバンドは,近在の農耕民の村落とつながりを保ち,それぞれの家族どうしのあいだに,狩猟で得た肉と農作物の交換,相互扶助の共生的関係が結ばれている。農耕民との交渉の結果,今ではムブティ・ピグミーの生活には,いわゆる文明の利器がぞくぞくと入り込んでおり,近年では砂金掘りまで行うという。
執筆者:赤阪 賢 コンゴ盆地のビンガ,イトゥリの森のムブティ,中部アフリカ大湖沼地帯のトゥワTwaなどのピグミー諸集団は,いずれもバントゥー族などの農耕民からさまざまな程度の遺伝的影響を受けているが,ムブティや東部のビンガでは比較的その影響が少ないとみられる。皮膚色は他の多くのアフリカ人に比べて薄く,黄色がかっており,頭髪は仏像の螺髪(らほつ)のような毬状毛で,これらの点は,サンやコイ・コインと共通している。低身長の理由については,密林での動きやすさや体温調節,少ない食糧資源への適応,高い死亡率への適応としての早熟などの説がある。ムブティは遺伝的にはコイサン語族のハッザHadzaと近いとされ,コイサン系の言語でなく,隣接する農耕民の言語を話しているが,森の植物などに関する独自の語彙も多い。一方,ハッザは遺伝的には他のコイサン語族の集団よりも,むしろムブティに近いとされる。遺伝学,言語学,考古学などの研究結果から,ムブティなどのピグミーは,ハッザやサン,コイ・コインとともに,かつてアフリカの中央部・東部・南部に広く分布していた狩猟採集民の子孫であり,3000~2000年前に移住してきた遊牧民や農耕民によって分断され,そのうちピグミーは,農耕民との相互依存関係や主従関係をもつことにより,固有の言語を失ったものと考えられている。
なお,ピグミーという語を広義にもちいる場合は,成人男性の平均身長が150cm未満の低身長の諸集団を指し,アフリカのピグミー,東南アジアのネグリトなど多様な民族集団を含むが,相互に類縁関係があることを意味するものではない。
執筆者:多賀谷 昭
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人類学用語としては、成人男子の平均身長が150センチメートル以下の民族の総称で、アフリカと東南アジアの熱帯森林地帯に分布する。人種としてはアフリカのピグミーをネグリロ、東南アジアのピグミーをネグリトとよんで区別する。
形質的特徴として、ネグリロの皮膚の色は黒人より淡く黄褐色がかっており、きわめて毛深く、毛髪は縮毛で、目は丸く大きく、鼻は著しく広い。身長に比して頭が大きく胴が長く上肢が長いなど、下肢が比較的きゃしゃなずんぐりした体型をしている。ネグリロでは、コンゴ民主共和国(旧ザイール)北東部のイトゥリ地方に住むムブティ(人口約4万)、その南のエドワード湖やキブ湖周辺のトゥワ(約9000)、カメルーン南部から中央アフリカ南部にかけて分布するアカ、バカなど(約10万)の諸集団が有名である。
ネグリトも低身長の集団であるが、ネグリロとは身体諸形質に顕著な違いがある。皮膚の色は濃褐色でネグリロより濃く、体毛は少なく、鼻もそれほど広くない。全体として均整のとれた体型をしており、ネグリロのようにずんぐりしていない。ネグリトの集団としては、ベンガル湾のアンダマン島民(人口は約数百)、マレー半島のセマン(1000~2000)、フィリピンのアエタ(約3万)などがあげられる。
ネグリロもネグリトも、ともに熱帯森林の狩猟採集民である。しかし、今日では純粋な狩猟採集生活を営むものは少なく、近隣の農耕民と接触を保ち、狩猟によって得た獲物と農作物との交換経済に依存しているものが多い。
[丹野 正]
アフリカの奥地の森林地帯に背丈の著しく低い人種が住んでいるということは、4000年以上も昔のエジプト古代王朝に知られていたし、その知識は古代ギリシアにも伝えられた。しかし、後の時代になるほどピグミーは伝説化され、19世紀に至っても空想上の存在と考えられていた。ピグミーの実在が再確認されたのは1870年以降のことである。
アフリカのピグミーではイトゥリの森のムブティがもっとも有名で、男子の平均身長は144センチメートル、女子は137センチメートルともっとも背が低く、ネグリロの形質特徴をより純粋に保持している。彼らは10家族前後、数十人ないし100人ほどで一つのバンド(居住集団)を構成し、各バンドは150平方キロメートル前後の森をテリトリー(領域)として、その中のいくつものキャンプ地を数週間ごとに移動しながら、弓矢、網や槍(やり)を用いて狩猟を行っている。約10万平方キロメートルのイトゥリの森は、レセやビラなどネグロイド系諸集団のテリトリーでもあり、彼らは小集落をつくって焼畑農耕を営んでいる。ムブティの各バンドは近隣の集落の農耕民と交換経済を通じた共生関係を結んでおり、このような関係は農耕民のイトゥリへの侵入以降数百年の間に形成されたものである。その結果今日では、ムブティは彼ら自身の言語を失い、同じ地域に住む農耕部族の言語を母語として話している。バンドは一般に父系の血縁のつながる男たちとその家族で構成されるが、妻方居住の家族や母方バンドに属しているものもいる。大部分は一夫一妻であるが、2人以上の妻をもつ男も少数みられる。社会的階層の分化はなく、バンドの生活にかかわる事柄は、キャンプ中央のたき火を囲んで集まる男たちの話し合いで決められる。バンドを超えて機能する政治組織はなく、平等と互恵が重んじられる素朴で単純な社会である。男女とも歌と踊りを好み、楽天的な人生観をもっている。
[丹野 正]
『市川光雄著『森の狩猟民――ムブティ・ピグミーの生活』(1982・人文書院)』▽『コリン・M・ターンブル著、田中二郎訳『異文化への適応 アフリカの変革期とムブティ・ピグミー』(1985・CBS出版)』▽『河津千代著『中部アフリカのピグミー』先住民シリーズ8(1989・リブリオ出版)』
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…赤道をはさんで同心円状に,熱帯雨林,サバンナ,砂漠,地中海気候帯と多様な自然をもっている。サハラ砂漠をはさんで,北は西アジア・地中海世界とひとつづきのハム・セム系の文化をもつ白人(コーカソイド)が支配的な白人アフリカ,南は,ピグミーやコイサン(サン,コイ・コイン)の非黒人先住民と,おそらく北西部から移住拡散した黒人(ニグロイド)の世界,すなわち黒人アフリカである。規準のとり方にもよるが,黒人アフリカだけで800近い異なる言語が話されているといわれる。…
…タバコ 一般的にいって嗜好品は,人類文化史上ではかなりおそくなってから用いられたものとみられる。採集狩猟文化の段階の古い姿をかなりとどめているといわれる民族,たとえばアフリカのピグミーが,ゾウ狩りの前に麻酔性のナス科植物の実を食べ,若干のアボリジニーはピチュリ樹Duboisia hopwoodiiの葉を嚙むといわれるが,ともにその起原は,これらの文化の内部ではあまり古くさかのぼるものとは思われない。しかし農耕文化においては,催酔性飲食物はかなり普及している。…
…そしてみずからも比較解剖学的に類人猿やヒトを調べ,解剖学的特徴のほかに,行動や外観についても正確かつ詳細に記載した。とくに1699年に書かれた《オランウータンもしくはホモ・シルウェストリウス――オナガザル,類人猿ならびにヒトと比較したピグミーの解剖》は有名であるが,ここで解剖されたピグミーは,その正確な記載からチンパンジーであることは明らかである。古代以来,サルかヒトかで騒がれてきたピグミー(実はチンパンジー)は,タイソンの研究により類人猿の一種で,オナガザルとヒトの中間にあることが明白に示された。…
… ギリシア神話には,χをはじめ数種のギリシア文字を発明したパラメデスが,列をつくって飛ぶ鶴の群れから文字の形を思いついたという話がある。またホメロスの《イーリアス》やアリストテレスの《動物誌》に,ナイル川上流に渡ってくる鶴が,同地に住んだピュグマイオイ(ピグミー)と毎年土地争いを行い,この小人族を大量に殺すとあるが,後世の伝説では鶴をピュグマイオイの天敵とし,この鳥が彼らを滅ぼしたという話にもなっている。【荒俣 宏】。…
…ギリシア伝説で,アフリカやインドに住むと想像された矮人族。その名は〈1ピュグメpygmē(肘から拳までの長さ,約35cm)の背丈の者〉の意とされ,英語のピグミーなどの語源となった。彼らは越冬のために北方から飛来するツル,またはコウノトリと死闘をくりひろげることで名高く,そのありさまを描いた多くの壺絵では,醜悪な顔と大きな男根の持主として表現されている。…
※「ピグミー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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