中桐村(読み)なかぎりむら

日本歴史地名大系 「中桐村」の解説

中桐村
なかぎりむら

[現在地名]紀伊長島町島原(しまばら)

赤羽(あかば)川本流の十須(じゆうす)川に支流三戸(さんど)川が合流する辺りに開けた平地にある。前山(まえやま)村の西にあり、集落は赤羽川右岸にある。慶長六年(一六〇一)の検地帳(徳川林政史蔵)に「中切前山村」と記されている。「紀伊続風土記」に「赤羽谷川と十須川(三戸川の誤りか)と落合ひ、村中を中断して流るるを以て中切の名あり、因りて古くは中切と書きたるを後に文字をかへたるなり」とある。


中桐村
なかぎりむら

[現在地名]八幡町初音(はつね)

小駄良(こだら)川右岸にあり、下流は是本(これもと)村。慶長郷帳にみえる中洞村九三〇石余、元和二年(一六一六)の村高領知改帳にみえる中野洞村の村域の一画にあたるとみられる。正保郷帳では中切村とあり、田方一二〇石余・畑方七九石余。「美濃明細記」は中洞村とする。宝暦六年(一七五六)の郡上郡村高覚帳(鈴木文書)には中桐村とあり、家数二〇(水呑三)、年貢定米一〇〇石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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